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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第6章「母乳哺育のすすめ・・お母さんのオッパイは自然のおくりもの−4」

のむ回数がふえなくても体重はふえていく

 つぎに紹介したいのは、母乳分泌量と赤ちゃんの体重との関係を示す研究成果です。赤ちゃんは1日ごとに体重がふえていきます。4カ月もすぎると2倍くらいにまでなるという急成長ぶりです。ところが、そういう体重の急激なふえ方にしては、母乳の分泌量・哺乳量はふえないわけではありませんが、非常にゆっくりしたものです。ということは、母乳は赤ちゃんの週齢や月齢に応じて成分が変わっていくことを意味しています。赤ちゃんは母乳をのむ回数をそれほどふやさなくても、体重はどんどんふえていくのです。もちろん、1回にのむ量はしだいに多くなっていることは事実ですが。
 いうまでもないことですが、母乳は人間がつくったミルクですから、人間の発育にもっともふさわしいようにできています。しかし、今から30年近く前、あまりにもわが国の母乳哺育率が低下して、厚生省もいろいろと問題にしはじめ、母乳哺育にもどさなければならないという深刻な時代もあったのです。
 ちょうどそのころ、私はヨーロッパのある学会へ出張したとき、ロンドンのいきつけの本屋で前にも名前を出したダナ・ラファエル女史(医療文化人類学者)の『Breast Feeling,Tender Gift』をみつけました。厚生省の母乳哺育にもどす仕事の手伝いをしていた私は、ラファエル女史に早速了解をとり、翻訳、出版(『母乳哺育・自然の贈物』〈文化出版局〉)しました。
 その後、20年もたって私自身が自分なりにまとめて、「母乳哺育法」(主婦の友社)より出版しました。女史は、この書物に推薦のことばを寄せてくださったのです。そのなかにつぎのような一節がありました。当時、日本はもとより、欧米でも母乳に対する誤った考え方がいかに広まっていたかが、よく理解できると思います。
 「(小林登博士が私の新著を翻訳、出版したいと電話で申しこんできたとき)私は驚いた。1970年代には、半ダースの医師さえも、母乳哺育についてその洞察をしなかった。あの時代に医学的に認められた乳児栄養の偏見を破る勇気さえももたなかったと、私はつけ加えたい。まさに、現在は周知の事実のようになったが、当時は西欧的に教育されたすべての医師たちは、新しい科学的、衛生的な方法で、商業的なミルクを哺乳びんで乳児に与えて栄養にすることを推奨していた」
 現在でもまだ、母乳哺育の流れに完全にもどったとはいえません。だからこそ、あらためて母乳にふくまれている成分にどんな特徴があり、それが人間にとってどんな意味があるのか強調する意義があるといえるのです。

母乳の成分は脳の発達に役立っている

 人間の母乳の成分のユニークさは、牛乳にくらべてたんぱく質が少なく、糖質が多いというところにまずあらわれています。たんぱく質は牛乳の3分の1しかありません。そればかりかイヌ乳の8分の1、イルカ乳、ウサギ乳の10分の1、オランウータン乳の5分の4(たんぱく質に関するかぎりこれがもっとも人間の母乳に近い)です。つまり、哺乳類の母乳のなかで、たんぱく質がもっとも薄いのです。一方、糖質は牛乳の1.6倍、イヌ乳の2.3倍、ウサギ乳の3.5倍、イルカ乳の8倍もあります。
 なぜ、人間の母乳はこういう成分になっているのでしょうか。人間を文化(哲学・宗教・芸術・科学・技術)を有する哺乳動物として位置づけて、生物科学の立場で分析する学問をヒューマン・バイオロジーさらにヒューマン・サイエンスといいますが、この立場で考えてみると、なるほどと納得のいく仮説が生まれてきます。
 たんぱく質は肉や骨の体の組織成分となり、運動能力を発達させる栄養分です。糖質はカロリー源として重要な栄養分です。人間の母乳に他の哺乳類よりたんぱく質が少なく糖質が多いということは、運動機能をはたす骨格筋肉系の発達よりも、脳を働かすことをふくめて、生活のいろいろな活動に必要なエネルギーを与えることを目的としたものだということがわかります。
 他の哺乳類にあっては、生まれてからできるだけ短時間のうちに自分で走りまわり、泳ぎまわる能力を身につける必要があります。それが弱肉強食の自然界で生きのびる絶対的な条件だからです。
 ところが、人間の場合はそうではありません。生後1年というものは歩くことすらできません。歩けなくても親に抱かれて、外敵からきちんと保護してもらえるからです。
 そして、他の哺乳類の母乳にくらべて多すぎる糖質のエネルギーは、大部分がまず脳、とくに中枢神経系の活動や発育に消費されるのです。大人では、消費するエネルギーの約20%が脳で消費されると計算されていますが、赤ちゃんの場合は約60%という数字をみてもわかるように、いかに脳が活動し、そのためにもその発育が急がれているかおわかりでしょう。たとえば、排泄のコントロールができなくても、母と子、父と子の人間的なやりとりのなかで、脳を使い学ぶのにもエネルギーは必要なのです。そして、生まれた時点から、社会生活をいとなむ力、文化を学びとる力をつけてようとしているのです。
 生後2歳になると、脳の重さは成人の6割にも達します。2歳の子どもの骨格筋肉系の発達を考えると、脳だけが突出してどんどん発育してしまうことがよくわかるはずです。その秘密は、たんぱく質が少なく糖質が多い母乳そのものにあるのです。
 母乳にふくまれる成分を細かくひとつひとつとりあげてみても、あまり興味をもてないでしょうが、もともと赤ちゃんの発育に必要な成分がことごとく含有されているのです。ただ、成分のなかには、発育に具体的にはどういう働きをするのか、よくわかっていないものもあります。ここでいう発育は体の成長と心の発達を合わせたものです。
 たとえばタウリンです。これは特殊な含硫アミノ酸ですが、なかなか、それを入れた粉ミルクは許可になりませんでした。というのは、タウリンの働きがはっきりしなかったからです。脳の発育によい影響があるといわれているのですが、しかしタウリンぬきの粉ミルクで育った赤ちゃんが、頭が悪いかといえば、そういうことはありませんでした。また、免疫に関係するリンパ球のような細胞をふやす効果もあるとされています。現在ミルクの中には、タウリンはちゃんと添加されていますのでご安心下さい。
 そのほか、亜鉛、マンガン、銅、鉄、マグネシウムといった重金属がごく微量ふくまれています。これら重金属は、牛乳にももともとふくまれていますが、免疫や造血に関係するとされています。しかし、いったいどれくらいの量が入っているのが最適なのかははっきりしていませんでしたが、現在の粉ミルクには、マンガンを除きそれらの割合をできるだけ母乳に近づけられています。粉ミルクとはいえ、母乳にかぎりなく近づけたほうが無難だろうと考えはじめ、ビタミンもふくめて殆ど成分を母乳に近づけ、必要なものは添加するようになったのです。
 ざっと、母乳成分の大きな特徴についてふれてきましたが、どうしても粉ミルクに入れられない成分がふたつあります。それについては次項で説明しましょう。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2003/12/19