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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1998/09/18

<はじめに>

 「こどもは未来である、母と子のヒューマン・バイオロジー」を書いて大分月日が経ちました。この間に子どもをめぐる環境には、ますます厳しいものがあります。「いじめ」・「不登校」から始まって、「ムカつき、キレて」おこした「殺人事件」など、新聞やテレビニュースに問題のない日はない程です。

 こう言った問題行動は学校でおこりますが、全ての原因が学校にあるわけではないと思います。むしろ、家庭での子育ての在り方も、直接・間接に関係している事は否定出来ないのではないでしょうか。

 子どもは生物学的存在として育つ力をもって生まれますが、社会的存在として学校や幼稚園・保育園、そして家庭の育てる力で育てられているのです。

 特に、乳幼児期では、母親が中心的な役割を果たす人生の出発点における家庭の育てる力は重要です。勿論、父親の育てる力、母親をサポートする力も必須ですが、「こどもは未来である」は、この点をヒューマンバイオロジーの立場から考えてみたいと思い執筆したものです。子育ての本質を科学的に捉えることは、子育てを楽しむことに通ずる大きな道になると考えるからです。

 発表した文章をもう一度推敲し新しい知見を加えて「新・こどもは未来である、母と子のヒューマンサイエンス」としてここに発表します。お読みになって、御質問ないし御意見をいただければ、この上ない喜びです。


<こどもは未来のはじまり、愛は偶然を決める−1>

 こどもの未来は、卵子と精子の受精ではじまります。「受精」という生物学的な現象は、人間的な情感の世界でおこるものです。しかし、クールに科学の目から見れば、それは人類の未来のために、新しい遺伝子の組み合わせをつくることなのです。それはまた、親と子の関係のはじまりでもあります。

偶然が決める”生命の神秘”のミステリー

 受精した「卵子」は、こどもの生命そのものです。父親の精子の23本の染色体(注1)にのっている遺伝子(注2)と、母親の卵子の23本の染色体にのっている遺伝子とが、そのとき組み合わされ、「受精卵」の中に宿ります。

 「精子」と「卵子」のそれぞれの染色体にのっている遺伝子は、それぞれの父方の祖先からきたもの、母方の祖先からきたものです。

 睾丸組織、卵巣組織で精子、卵子がつくられるとき、体の普通の細胞がもっている46本の染色体を2分の1に減らさなければなりません。父方か母方からきたどちらかの染色体を、精子あるいは卵子の中に送りこむことになるのです。しかも、どちらかを送り込む時には、染色体の部分を入れ替えまでをしているのです。

 そのどちらが残るか、どちらが移るか、また部分の入れ替えも、まったくランダムに決まる、まさに”生命の神秘”のミステリーなのです。

 このようにして、こどもの生命の出発点である「受精卵」の中にある「遺伝子」は、遠い祖先のレベルから見ればまったくランダムに決まることで、偶然が決めたとか、神が決めたとかいうべきものです。したがって、一卵性双生児の他には、まったく同じ遺伝子の組み合わせをもったこどもはいないのです。

 受精卵は、子宮の内膜に着床(注3)し、分裂・増殖して「胎芽(たいが)」になり、四肢や内臓諸臓器ができて「胎児」となり、月満ちて新生児としてこの世に生まれてきます。新生児は乳児に、そして幼児、学童へと成長し、思春期を経ておとなになってゆくのです。

 同じ両親からうまれたきょうだいでも、体つきや容姿や能力が異なるのは、まさにこの遺伝子のランダム性によるのものです。同じ親から生まれたこどもの姿や能力や個性に違いがあるばかりか、集団としての子ども達に多様性があるのは当然のことです。こどもたちの姿にその多様性を見るとき、私はあらためて人間の多様性を思い、深い感銘を感じるのです。



(注1)染色体
細胞の核内にあり、その数と形態は生物の種類によって定まっている。人間の染色体は46本である。
(注2)遺伝子
染色体上の一定の領域を占め、遺伝形質を支配するDNA分子の構造単位。ひとつの遺伝子がたんぱく構造や酵素を決めると考えられている。
(注3)着床
精子と卵子が結合する受精は卵管膨大部で行われる。受精卵は卵割を行いながら卵管を子宮に向かって移送され、人間の場合、受精後6日目に子宮内膜を溶かしながら卵は埋没する。これを着床という。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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