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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1998/12/11

<母乳は赤ちゃんのフルコース−1>

 今月は11月に続いて、優しい自然のおくりもの、「母乳」の成分の神秘について、興味深い分析をみていくことにしましょう。

母乳はスープからデザートまでのフルコース

 母乳ーオッパイの成分はいろいろなことによって変化しますが、1回の授乳の間でも、最初は薄くてしだいに濃くなっていきます。

 母乳をのませているとき、その最後の数滴を科学的に調べると、脂肪がとくに多いという事実はかなり前から知られていました。

 それに関連してこんな実験報告がなされました。生後5週めの赤ちゃんに、左の乳房から母乳をのませ、同時に右側の乳房から出る母乳を集め、時間を追ってその成分を細かく分析した報告で、イギリスの医学誌『ランセット』に掲載されたのです。

 それによると、赤ちゃんがお乳を吸いはじめると、母乳の分泌量は急速に増加しますが、はじめの母乳は薄く、終わりに近づくにつれて、だんだん濃くなっていくのです。

 その母乳を集めて乾燥させたときの粉の重量は1.5倍に増えていました。さらに細かく調べると、おもしろいことにたんぱく質の濃度はあまり変化せず、増えているのは脂肪で、9倍近くにもなるのです。

 また、のみはじめてからの母乳のpH(ペーハー)(注1)も次第に上昇します。はじめ7.2 のpHだった母乳は、授乳の終わりごりには7.4になりました。つまり、アルカリ性が強くなり、酸味が減っていくことを意味します。

 これはいったい何を意味するのでしょうか?

母乳から風味の変化を学ぶ

 赤ちゃんにとって、のみはじめのお母さんのおっぱいは薄くて水っぽく、しだいに濃くなり、クリームも増え、酸味も弱くなり、コクが出てくるということになります。

 おとなでも、食事は味の薄いおすましやスープからはじめて、しだいにこってりしたものに移っていくのが一般的です。われわれの料理のコースと同じように、赤ちゃんも薄味から、クリームの濃いおっぱいをのんで終わることになるのです。

 おっぱいの濃度の変化、pHの変化は、おとなの味覚からみると、風味の変化ということになります。1回の授乳のあいだに、母乳の風味が変化するというのは、どんな意味があるのでしょうか。

 ヒューマンバイオロジーの考えをもつ者にとっては、進化論的な意義が考えられ、見逃せないのです。

 子宮内で赤ちゃんは羊水をのんでいます。分娩直前の赤ちゃんは1日約500ccの羊水をのみ、それと同量以下のお小水を出しているといわれています。したがって赤ちゃんの口に入るものとしては、おっぱいが最初ではありません。しかし、母親の体の外の生活に入った赤ちゃんは、食べ物らしい食べ物としてはおっぱいをが初めてであり、その出発点で、ものには風味があることを知り、デリケートな風味の変化を学びます。

 これに対して人工栄養ですと、哺乳びんのゴムの乳首からドクドクと出るミルクの味は単一で、変化はないのです。両者のあいだにはおのずと大きなちがいが出てきます。

 母乳の成分の示す意義について、また次回にくわしく述べたいと思います。



(注1)pH(ペーハー)
水素イオンの濃度を示す数値。


この原稿の一部を2001/5/30に更新しました。

このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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