<母乳は赤ちゃんのフルコース−2>
母乳の成分の化学的な分析データをもとに、母乳の味や風味の変化の意義について考えてみたいと思います。
人生の第一歩のできごと
母乳の風味の変化は、ヒューマンバイオロジーの立場からみて意義があるとすると、それは乳児に食欲のコントロールを教えているのではないかという考えです。
味が濃くなり、クリームの味がするようになれば、赤ちゃんにとって、母乳のフルコースは終わりなのです。そのディナー・コースの終わりを風味の変化で知った赤ちゃんは、必要なら反対側のおっぱいを求めるでしょう。おなかがいっぱいならば、やすらかな眠りに入るでしょう。
母乳で育てられる赤ちゃんは、授乳のたびに風味の変化を体験し、発達しつつある脳に食欲をコントロールする術を学び、インプリントされると思うのです。
これに対して、人工栄養で育てられる赤ちゃんは、この風味の変化を知ることがありません。のみ気の強い赤ちゃんは単一の味のミルクを際限なくのみ続けるようになってしまうでしょう、胃の機械的な限界まで。それが人生の第一歩のできごとなのです。
母乳の成分の変化は風味につながり、母乳で育てられる赤ちゃんは。デリケートな味の変化を学ぶことになります。そしてその終わりの味から、食事には節度のあることも教えられるのです。
1回の授乳のあいだにおける母乳の成分の変化は「食べる」という人間の機能を支配する神経中枢(注1)に対して、人生の出発点において、なんらかの作用をしていると考えられるのです。
未来をつくる人たち
御存知のように、人間にとってたべるということは、単に栄養をとるだけが目的ではありません。味を楽しむことも重要なことなのです。
食べることは、人間の文化の一部を形づくっています。未来に向けて生きるこどもは、現代の文化に対応し、次の時代の文化をつくらなければなりません。
栄養摂取という生存のための技術のなかで、最も本質的な営みのなかでさえも、味覚を介して接する人間文化の一面を、人生の出発点において、母乳はきわめてデリケートな方法で教えているといえるのではないでしょうか。
- (注1)神経中枢
- いろいろな神経機能は、脳にある中枢によって支配される。たとえば呼吸中枢・摂食中枢など。これを神経中枢としてまとめることができる。
このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。 |
|