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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/10/01

<母親の心音をきいて、やすらかに−1>

 生まれて6カ月もたつと、赤ちゃんは音楽にたいして、ある種のよろこびの感情をもった反応をしめします。勿論音のする方向を認めることもできますし、親しい人の声、母親と父親の声を他人の声と区別することができます。勿論、生まれて間もなく歩きはじめ、みずからを生存競争の中にさらさなければならない他の哺乳動物の聴覚はもっと鋭敏でしょう。
 しかし、重要なことは、ヒトの乳児は、声や音の中にふくまれている感性の情報を聞き分け、感情をもって反応することなのです。母親のわが子に語りかける音声はマザーリーズとよび、独特のピッチやリズム、そして抑揚があることは周知の通りです。他の大人への語りかけとは全く違うものです。その感性の情報に感情をもって反応する赤ちゃんの姿は、どなたもご覧になっているでしょう。すなわち人間は、人生の早い時期から、形のない感性的なものに、高等な精神機能をもって反応することができるのです。

胎児は相当すすんでいる

 ヒトの胎児(注1)で中耳の原型が完成するのは、妊娠約12週です。内耳と中耳は別のところで形成され、妊娠約16週で中耳と内耳の連絡はできあがり、基本的な形態が完成されるのは20週、21週程です。そして、それにつづいて外耳がつくられるのです。
 音をきく器官の原型が、妊娠の20週すぎればできあがっているのですから、妊娠後期にもなると、音をきく胎児の能力は相当すすんでいるのです。
 妊娠後期、とくに末期ともなれば、母親はおなかの中のわが子が、強い音に反応してからだを動かすのを感じるといいます。胎動です。それは女性にとって、母親になったことを実感する感激的な瞬間でもあります。
 生まれたばかりの赤ちゃんも、耳の孔の中の羊水(注2)が取りのぞかれると、突然に発する高い音にたいしては、ピクッと上肢・下肢をひろげて反応します。すなわち、モロー反応(注3)です。
 胎児の聴力がそれほど発達しているとすれば、胎児はおなかの中でいろいろの音をきいているはずです。母親の話し声、歌声、心臓の音、腸のグル音、そして母親と他人との会話、さらには部屋の中にあるテレビやオーディオの音楽や音声、すなわち母親の皮膚組織や、羊水をとおして伝わる音はすべて、胎児は静かに耳をかたむけているのです。
 これらの音の中で、比較的に強くてリズムある音は、母親の心臓の拍動する音であって、それは心臓からはじまって、大動脈をとおって胎児に伝わっているにちがいないのです。したがって、胎児は生命の出発点間もなくから、このリズムある音を聞きながら育ち、生まれてからの用意をしているのです。



(注1)胎児
産科的には、受精卵が発育し、通常ヒトの外観を示すに至る胎生6〜8週を境としてそれ以前を胎芽、それ以後出産に至るまでを胎児と呼ぶ。なお胎生学では受精後2週間を卵と呼び、第3〜5週までを胎芽、第6週以後を胎児と区別している。
(注2)羊水
妊娠子宮内の羊膜腔を満す無色・無臭・透明の液体。
(注3)モロー反応
あおむけにねている赤ちゃんに、音や急激に体位をかえるなどの刺激をあたえると、上下肢を左右対称的にのばして、次に両上肢を内にまげてちょうど抱きつくような姿勢をとる動作を示す。これをモロー反応または反射とよぶが、生後4ヶ月までは正常でもみられる。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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