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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:1999/10/15

<母親の心音をきいて、やすらかに−2>

左ききでも右ききでも

 胎児の脳の組織は活発に発達し、妊娠も後期にはいれば、その心臓のリズムもなにか意味ある音として胎児は認識することが出来るでしょう。
 人生の出発点で感得するもの、体験するものはすべて胎児や新生児の心にインプリント(刷り込み)(注1)されるように、母親の心音も胎児の脳の中にインプリントされているのです。胎児期に心音をインプリントされた赤ちゃんが、生まれたのちにふたたび母親の心音をきくとき、そこになんらかの感情がわくとしても不思議はないでしょう。
 したがって、この世に生まれ出た赤ちゃんは母親の心音をきくと心がやすらぎ、すこやかな眠りにつくのです。たしかに母親の左胸、心臓のうえにだかれ軽くゆられて、赤ちゃんがやすらかに眠りにはいっている姿をわれわれはよく目にします。それは数カ月前、母親のおなかの中で心音をききながら静かに眠っていた胎児とおなじような状態なのでしょう。
 左ききであろうと右ききであろうと、ほとんどの母親はわが子を左側にだくものです。この育児行動は教えられたものではなく、生得的なものであって、人類の長い進化(注2)の歴史の中で学びとってきたものであるとわれわれは考えています。
 それは、左側にだくと赤ちゃんが泣きやんで、静かに眠りにはいることを、人類の長い体験から学んだからです。女性の遺伝機構(注3)の中に、その行動はしまいこまれているのかも知れません。したがって、わが子が生まれ、わが子をだきあげるとき、左・右ききに関係なく、自然と左側にだくのです。
 健康な母親の心音をテープにレコードして、それを新生児室できかせた実験がアメリカでおこなわれました。20年以上も前のことです。
 たしかに母親の心音のテープをきかせた新生児室の赤ちゃんたちでは、泣き声が減少し、やすらかに眠る子が多かったというのです。そして心音をきかせなかった赤ちゃんと比較してみると、体重増加がよいという事実を報告しています。
 日本でも、ある大学の産婦人科の先生が、その後同じような研究を行って同じような結果を報告しました。

ビートルズは心臓搏動のリズム

 人類は世界の各地に、それぞれの形式の音楽をもっています。原始的な生活をしている原住民がもっている太鼓のビートの音楽から、日本の各地にあるまつり太鼓のリズム、おどりの歌のリズム、ベートーヴェンやモーツアルトのシンフォニー、あるいはビートルズの曲まで、そのリズムはきわめて多彩です。
 そのリズムをよくきくと、心臓搏動のリズムに似ているところが少なくないというのです。そして文化が原始的であればあるほど、音楽のリズムはその傾向を強くしめすのです。
 そうだとするとそのリズムも人間がつくったものですから、それは人間の心の中、脳の中に胎児期にインプリントされた母親の心音の脳内リズムを意識することなく利用して、音楽家が別の型につくり上げたものであるかも知れません。
 お坐りした赤ちゃんがラジオやレコードの音楽にあわせて体を動かしたり、手を振ったりしている姿、立っちした赤ちゃんが音楽にあわせて体を動かしたり腰をふったり、さらにハミングしたり、声を出したりしている姿、こどもの心の中には教えられなくても音の美しさを感じとる能力が存在しているのです。それも、同じ脳内リズムのなせる技かも知れません。
 それは人類の歴史とともに育ったものであり、母親の胎内にいるとき耳から入った母親の心音のリズムによって芽生えたものと考えられるのです。
 音楽というものは、その形式はいろいろ変わっても、年齢に関係なく人の心をうち、万人に感動をひきおこす魔力をもっているのも同じではないでしょうか。
 人間文化の大きな部分をしめる音楽(それは芸術のひとつの形式ですが)、それは未来をになうこどもたちの心の発達に大きな力をあたえているのです。



(注1)インプリント imprint
「刷り込み」「刻印づけ」ともよぶ。出生直後に遭遇した物体や現像は学習と同じ効果を示す現象をいう。孵化したヒナは、はじめて出会った動くものはなんであれ、母どりと同じように追随する現象はその代表である。
(注2)進化
生物の種ならびにさらに上位の各類が過去から現在にわたって不変のものではなく、次第に変化し、より環境に適するようになること。
(注3)遺伝機構
生物個体がお互いに多少とも血縁関係を有するとき、それらの個体の間にはいろいろの点で似たところがある。このような現象を遺伝現象と名づける。この遺伝現象のもととなるメカニズムを遺伝機構とよび、細胞内の核のDNA、すなわち遺伝子によって行なわれる。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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