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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/02/10

<赤ちゃんは笑って行動する−2>

笑い行動は、先天的か、後天的か

 視覚刺激が赤ちゃんの笑い反応にとくに重要であることはなん人も否定できません。たしかに、生後1〜2カ月のころ、赤ちゃんが笑いはじめたころ、目をじっと見ているうち、赤ちゃんがほほえみはじめ、笑う現象をみます。目と目、「視線の接触」(eye-to-eye contact)が赤ちゃんに笑い反応を引きおこすのです。
 それならば、目のみえない赤ちゃんの笑いはどうなのでしょうか。この問題は、笑いという赤ちゃんの社会行動が先天的なものか、後天的なものかをきめるてんで、古くから多くの小児科医の関心を集めた問題なのです。
 古い報告によると、目のみえない赤ちゃんは笑わない(少なくとも健康な赤ちゃんとおなじ表情では)とされていました。なんらかの理由で、生まれながらのして視力の障害のある赤ちゃんは、周囲の人びとから笑いの表情を学ぶ機会がないためである、と説明されてきたのでした。
 しかし、最近の研究によると、とくに多発した未熟児網膜症(注1)の研究によって、視覚がかならずしも、笑い行動の発達にとって必要条件ではないと考えられるようになったのです。
 人類が長い進化の過程に、精神や感情の神経機能を発達させながら、文化をつくってきた過程で、笑い行動も遺伝子機構の中に組み入れられているのです。
 そして、適当な刺激さえあたえられれば、笑い行動は生後数カ月のうちにあらわれてくるのです。ダーウィンも、わが子が生後55日目に笑ったことを記録し、周囲から学んだとしては早すぎるとして、笑い反応は「生得的」(注2)なものであるに違いないと考えたのです。

複雑な文化社会に生きていくために

 赤ちゃんのほほえみや笑いは、万金にあたいしましょう。人間ならばだれでも、あのほほえみの中に、あの声をたてて笑う姿に、人間としての生きるよろこびを感じることができます。そして母親や父親であれば、育児の意欲とよろこびを感じます。育ててくれる人の心を引き込む力を、赤ちゃんの笑い行動はもっているのです。
 複雑な文化社会に生きのびていくためにも、笑い行動は赤ちゃんにとって、なくてはならない機能なのです。それは、赤ちゃんにとって自分ではなにもできない乳児期が12カ月におよぶことからも、生き残っていくためには当然必要なものでありましょう。



(注1)未熟児網膜症
網膜の血管が未熟なため動脈血酸素分圧の上昇により発生する視力障害のこと。生下時体重1500g以下の未熟児に頻度が高く、酸素の投与期間、投与量が長く多いほど発生率も重症度も増す。網膜の血管が怒張、蛇行し、周辺部に新生血管が発生し、出血を伴ってくる。さらに進行すると網膜剥離が起こり、瘢痕期に入ると、後水晶体組織が形成され白色瞳孔を呈する。治療は、初期は自然寛解があるが、進行するものには光凝固などを行なう。
(注2)生得的
ある行動が、進化の過程で獲得され、遺伝的に組み込まれていると考えられるとき「生得的」という。遺伝的な能力、あるいは生れつきともいえる。子宮の中のできごとでの生れつきとは一応区別し、「生来的」は遺伝的なものをふくめてこれと同じ意味につかわれる。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。






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