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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/08/04

<言葉は引っぱり出される−2>

目が見えない、耳が聞こえない子どもでもコミュニケーションする手段はもっているのでしょうか

 子供のことばは、他のコミュニケーションの手段と関係して発達するようです。笑うという表情はコミュニケーションの手段として大切なものですが、目の見えない子どもでも3カ月ころになれば笑い、そして6カ月にもなると、喃語をいい、言語発達の初期のステップを経過する事実は、言語発達の本質に多くの示唆をあたえます。
 一方、耳の聞こえない子どもでも、体動やサインによるコミュニケーションの方法は十分に発達させ、要求とかいろいろな考え、意見など複雑な心理現象を伝達することができるのです。しかし、言葉はなかなか発達しないのです。
 これらのじじつは、人間の遺伝子機構にはコミュニケーションの機能がくみこまれていて、それが体動や表情ばかりでなく、それに言語というシンボルも組み合わされてコミュニケーションに利用されるということをしめしているのではないでしょうか。

言葉の発達を支配する脳

コミュニケーションの機能のひとつである言語機能の本質が、遺伝的な神経機能であるとすれば、その言語を支配する中枢的な部分(言語中枢)はどこに局在するかが問題となります。
 現在の神経解剖学(注1)では、周知のとおり、普通言語中枢は、大脳の左半球に存在することが知られているのです。しかし、左ききの場合は逆です。左側の脳出血によって失語症がおこるのはこのためです。また言語発達をみると、女の子のほうが男の子より早いことが知られています。
 この2つのじじつは、言語発達が遺伝的要因できまるか、環境t期要因できまるかという命題とどのように関係するのでしょうか。
 多くの実験ならびに臨床の症例から、左半球が右半球より言語発達につよい影響をあたえていることは、いまさらいうをまたないじじつですが、さいきん神経解剖学から興味あるじじつがしめされたのです。
 大脳の側頭葉の皮質の一部に、長くしかも厚くなっている部分がみられることが明らかになりました。その局在を調べてみると、約60パーセントのばあいは、左側のその長く厚い部分がみられたのです。しかも、この部分は新生児の脳においても存在し、女の子のほうが男の子よりも著明であることが明らかになったのです。
 言語における左半球優位と女性優位に関心をもつ言語学者たちは、このじじつにふかい関心をもったのでした。側頭葉のこの部分は、言語理解に重要な役をはたす脳皮質と考えられるからであります。
 重要なことは、言語発達における左半球優位と女性優位がいみじくもマッチした点にあることです。さらに、言語発達に関係する機序の局在は大脳左半球のどこにあるのかは不明としても、それに関係する機序が、皮質の一部に関係する可能性がしめされたことも重大なのです。

(第3回小児言語学シンポジューム、ロンドン、1975より)



(注1)神経解剖学
神経系の解剖学


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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