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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/09/29

<わが子を守る母親の免疫抗体−2>

貴重な初乳

 生まれたばかりの赤ちゃんは、母乳によっても、感染から守られるのです。生まれた直後にお母さんが分泌する母乳は黄色で透明にちかく、あとに続くいわゆる母乳とはことなります。これを初乳(注1)とよび、あとから出る母乳を成乳とよんでいます。初乳の成分をみると、いわゆる母乳とくらべてたんぱくが多く、脂肪や糖は少ないのです。たんぱくの大部分はグロブリンであり、しかもIgA(注2)という特殊な分泌型免疫グロブリンがほとんどなのです。
 IgAはもちろん抗体活性をもち、母親から胎盤をとおしてもらうIgGとおなじように、母親の体験した感染によってつくられる抗体活性をもっているものなのです。ただし抗体価をみますとIgGのそれと多少ことなったパターンをしめし、腸管系の細菌やウイルスなどの感染因子にたいして抗体価が高い傾向がみられます。しかも、特別の分子がついて分泌型IgAになり、胃の中に入っても破壊されないようになっているのです。
 衛生状態のあまりよくない地域では、母乳で育てられるかどうかによって、新生児・乳児の感染症の罹患率(注3)や死亡率に大きな差がみられます。とくに消化管の感染症すなわち下痢症が、母乳で育てられている赤ちゃんではいちじるしく少ない事実が知られております。初乳を乳児に飲ませると初乳中の分泌型IgAの抗体を消化管の粘膜に塗布するような結果となり、消化管感染症を予防すると考えられているのです。
 このことは牛など胎盤構造が多層で、胎盤をかいして免疫グロブリンが胎仔に移行しない動物では、新生仔が初乳を飲みそこねると、感染症で死亡してしまう事実に対比されています。

産湯をさせない病院

生まれたばかりの子どもの体表は、胎脂(注4)でカバーされています。胎脂は母体でつくられて羊水中に放出され、それが胎児の皮膚についたものか、胎児の皮膚から分泌したものか不明ですが、現在では後者と考えられているものなのです。
 胎脂は、生まれたばかりの赤ちゃんのやわらかい皮膚に、薄いフィルムになって付着し、皮膚の細菌感染症を防いでいます。この感染防禦の機序(注5)は、たんに機械的なバリヤー(注6)として細菌の侵入を防ぐばかりでなく、その中にふくまれる化学成分、とくに脂肪酸がばい菌を殺したり、生活力をおとしたりするのに重要であると考えられています。したがって出生後数日間、生まれた赤ちゃんに産湯をさせない病院も、外国ではみられるのです。
 現代の産科学や新生児学では、新生児の免疫機能の未熟性を重要視して、清潔な産室での分娩法を推進してきました。そのため新生児感染症を激減させましたが、同時に分娩直後の母と子の触れあいを遠ざける結果となってしまったのです。
 先進社会で生まれた子どもは、産湯をつかい、産着にくるまれて、母親に顔をみせるや、新生児室に移されてしまうことが多いのです。麻酔で分娩したら、母親はわが子の顔をみない場合も少なくないのです。母と子のきずなを確立するのに重要な機会をミスする結果ともなっているのです。自然は、生まれたばかりの子どもが母親にだかれてもよいように、少々のばい菌なら対処できるように、2重にも3重にも免疫学的にまもっているのです。



(注1)初乳
産褥第3日ごろまで分泌される水様透明〜淡黄色半透明でやや粘稠な乳汁。普通4〜5日で白色不透明の成乳に移行する。初乳は成乳に比べ蛋白質塩類に富み栄養価も成乳の2〜3倍ある。また肥肪球を貧食した白血球(初乳球)を含む。この豊富に含まれる塩分は便通を促し、また初乳中の分泌型IgAを主とする免疫グロブリンは新生児の免疫に重要な役割を果たしていると考えられている。
(注2)IgA immunoglobulin A
免疫グロブリンの一種。血清中の全免疫グロブリンの約20%を占める。初乳に多く含まれている。
(注3)罹患率
一定期間中に罹患した人の数の特定人口に対する比率、普通は1000人に対する数字で示す。
(注4)胎脂
胎児の皮膚の上皮細胞の剥脱したものと、皮脂腺よりの分泌物の混合物で、胎児の表面をおおっているものをいい、羊水の浸食を防ぎ、その上分娩時、胎児が産道を通過する際の抵抗を減弱させる作用をもつといわれている。妊娠6月末ごろより出現し、未熟児では比較的胎脂が多いが、成熟児では屈曲部に少量付着しているだけであり、胎児の成熟度の指標ともなりうる。
(注5)感染防御の機序
侵入してきた病原微生物に対して、その付着・増殖を阻止しよう、あるいは殺菌処理しようとする生体反応で、広い意味での免疫反応である。
(注6)バリヤー barrier
体の中にある組織でつくられた防壁あるいは障壁のこと。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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