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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/10/27

<母親からもらったフローラ−2>

きたえぬかれたブ菌による感染

 衛生状態のよい病院での無菌的な分娩、清潔な新生児室での新生児哺育によって、新生児感染症がまったく消失したのでしょうか。じじつは期待どおりでなく、近代設備の病院や産院の清潔な新生児室で新生児感染症は消失するどころか、多くの問題をおこしているのです。新生児にみられる黄色ブドウ球菌の皮膚感染症がその代表でしょう。
 分娩後間もなくブ菌(注1)は他のフローラを構成する細菌とともに乳児の鼻腔や臍帯にすみつくといわれています。はじめて接した大人からもらうのです。
 一般人口でみると、大人の20%から40%は鼻腔の中にブ菌をもっているからです。したがってそのブ菌の病原性が強いばあいには、新生児の宿主側の要因も組み合わさって、皮膚感染症などをおこしたりするのです。
 いったい衛生状態の悪いところで生まれた新生児はどうなのでしょうか。中米のある国で調べた研究によりますと、衛生状態の悪い田舎の町で自宅分娩で生まれた子どもにはブ菌感染症はまったくみられず、逆に都市の近代設備の病院の分娩室で生まれた子どもにそれが多発していることが明らかにされたのです。
 病院分娩で生まれた新生児は、分娩後ただちに母親から離れさせられ新生児室に送られます。したがって母親からフローラを形成する細菌を十分にもらいそこね、新生児みずからのフローラを確立する機会をうしなう可能性があるからです。
 また、そのあいだに院内ではたらくいろいろな職種の人なん人かに接することもありましょう。その人びとからブ菌、しかも薬や消毒液でたたかれ、生きぬいてきたブ菌が、生まれたばかりで免疫系の十分に発達していない新生児に、感染するようなことがおこりうるのです。薬剤耐性のこの悪いブ菌が新生児の皮膚をおかすのです。

母親からもらった抗体と

 逆に自宅分娩で生まれた新生児は、母親からブ菌をはじめいろいろなばい菌をもらい、この母親からのばい菌は鼻腔の粘膜のみならず、皮膚、腸管などにすみつき増殖して新生児の皮膚のフローラを形成するのです。しかも、母親からの細菌にたいする抗体は、すでに子宮の中で母親からもらってきているので、感染症になることはまずありません。
 その上、よいブ菌のすんでいる粘膜には、他人の悪いブ菌が侵入する余地がありません。フローラの確立した体の部分には、病原菌は、はいり込む余地がないのです。芝草の十分に生えた緑の芝生には、雑草が生えにくいのとおなじです。
 ある局所にある細菌が増殖してすみつくと、他の細菌の侵入は阻止され増殖しない、このミクロの生態現象を細菌の干渉 インターフェアレンス(注2)とよんでいます。エコロジー的な考え方です。
 生まれた子どもは、胎盤をかいして母親からもらった抗体と、だかれて母乳哺育でもらう抗体でまもられながら、母親のもっている良いばい菌をもらって、鼻腔・消化管などにすまわせ、増殖させ、フローラをつくり、悪いばい菌の侵入を防いでいるといえるのです。それは、赤ちゃんの皮膚のみならず、口腔・腸管など体のあらゆる部分でおこなわれているのです。



(注1)ブ菌(ブドウ球菌の略)
多くはグラム腸性で、菌体は単独、双球状あるいは不規則な集塊をなす球菌で、黄色色素を生産するStaphylococcus aureusは最も強い病原性を有し、化膿の原因となる。
(注2)インターフェアレンス 干渉
同一の部位に2つ以上の細菌が生着するとき、一方が他方の増殖を抑制する現象。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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