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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/11/10

<わが子も他人−1>

 遺伝生物学的にみると、子は母親と父親からおなじ数の遺伝子をうけて生まれた新しい生命であり、母親にとっては半分の形質だけが自分のものなのです。したがって、母親からみても、父親からみても、わが子は半分だけ他人なのです。

胎児は母親のおなかの中で移植片として育つ

 移植に関心のある免疫学者は、胎児が40週間もの長いあいだにわたって、母親の子宮の中に生きつづけることができる現象に深い興味をもっています。この妊娠という現象は、自然なできごとであるものの、裏には免疫学の高尚な理論があるからなのです。
 卵子が精子と合体してできた受精卵には、父親からの遺伝子が組み入れられているのでその生命は母親にとっては他人なのです。ただし半分ではありますが。したがってその細胞の表面、組織構造には母親のもっていない抗原性物質、すなわち父親のものが発現します。母親の免疫システムは、それに対して免疫反応を惹起すべきものなのです。
 しかし母親はわが子を40週の長いあいだ、ちゃんと子宮内で維持しつづけるので、その現象は免疫学的なパラドックスと考えられるのです。
 胎児の胎盤表面とその接着部である子宮内面とのあいだに引きおこされる複雑な生物学反応が、この移植片拒否(注1)の免疫反応をおさえているからであると説明されています。その機序には、胎盤は受精卵から発生するものの、その表面の細胞は、母親の遺伝子のみが発現するとか、ホルモンが免疫反応をおさえるとか、免疫反応によってつくられる抗体が胎盤の表面をカバーして細胞による免疫反応がおさえられているとか、いろいろと高尚な理論が考えられているのです。
 妊娠の免疫現象が明らかにされれば、腎移植やその他の移植に必要な免疫抑制の方法の開発に大きなヒントをあたえることができるのです。妊娠現象にみられる母と子の関係は、自然の摂理である免疫学的拒絶反応(注2)とたたかいながらつくりあげられるとさえいえるのです。



(注1)移植片・移植片拒否
生きているまま組織や臓器を生体から切り離し、個体のほかの場所や他の個体に移し植えることを移植とよび、移植されるものを移植片とよぶ。移植の条件は組織適合性遺伝子によって支配される細胞抗原(組織適合性抗原)の適否による。移植片が免疫反応により生着できなくなることを移植片拒否という。
(注2)免疫学的拒絶反応
移植された組織が生着しなくなる現象を拒絶反応とよび、移植組織の抗原に対する免疫反応なのでこうよぶ。



このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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