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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/11/24

<わが子も他人−2>

母子間の非情な免疫反応

 いかに愛情が深かろうと、遺伝子の組み合せのちがいによっては、母親は体内のわが子の赤血球にたいする抗体をつくる場合があります。そうなると血液型不適合による新生児溶血性貧血症(注1)(Rhベビーなど)という病気を発症させるのです。
 母親の血液型がRh(-)であって、父親の血液型がRh(+)であると、遺伝子の組み合せかたによってわが子の血液型がRh(+)である場合におこるのです。
 どうして、こんな非情なことがおこるのでしょうか。胎盤に小さなきずでもできたりして、わが子の赤血球が母親の胎内に流れ込み、赤血球の表面にあるRh血液型物質にたいして、母親の免疫をつかさどるシステムが、それに対する抗体をつくるからなのです。その抗体が、胎児のほうに流れこむと、母親のその抗体がわが子の赤血球を破壊する結果になるのです。そして、わが子は黄疸・溶血性貧血、また浮腫までもおこすことになるのです。すなわち血液型不適合による新生児溶血性貧血症という病気がこれです。そこにみられる母子間の免疫反応はあまりにも非情であり、母親の愛情のとどかないところにあるものなのです。
 どんなに愛情が深かろうと、母親が慢性腎炎のわが子に自分の腎臓を提供して移植してもらっても、きわめてラッキーな例外的な場合をのぞいては、免疫抑制剤を使用しないかぎり、母親の腎臓はわが子によって免疫学的に拒絶されてしまうものなのです。それは、母親の腎臓をつくっている細胞の表面にある組織適合性抗原(注2)にたいして、わが子の免疫システムが反応するからなのです。

他人性の尊重

 このように、生物学の本質的な立場からみると、わが子も他人なのです。夫婦という人間関係も、出発時は他人であって、感情の世界と社会のさだめによってつくられるものと言えます。母と子、父と子という人間関係も、ある意味でおなじで、それはよしんば遺伝子構成からみれば2分の1はおなじであっても、けっきょくは他人の関係とみなさざるをえないのです。
 子どもの全人的な「他人性」は、年齢とともに強くなってくるようです。新生児期よりは乳児期、乳児期よりは幼児期、幼児期よりは学童期、とくに学童期よりは青年期と、わが子を育てるという人間の行動の中に、この他人性をはっきりとみとめるという立場が、子どもの年齢に応じて重要になってくるように思います。そのために、育児の中で子どもの言い分、子どもの立場を聞いてあげること、そして親の言い分、親の立場も、その年齢に応じてわが子に、理解できる方法で教えることも重要なのです。
 そして、子どもの問題で夫婦が争うことになったら、子どもの良い面は夫の遺伝子、悪い部分は私の遺伝子と、妻は思えばよいのではないでしょうか。



(注1)新生児溶血性貧血症(Rhベビー)
胎児の赤血球が母体の免疫組織に反応し、母体内で作られた抗体が胎盤を通して胎児に移行したために起こる疾患である。本症をおこす可能性のある妊娠を不適合妊娠という。可能性のある血液型としては、Rh式、ABO式血液型のほか、多数の血液型諸因子が知られている。Rh式血液型では、D因子の不適合が最も多く、またABO式血液型では、ほとんど母親がO型で、胎児がAまたはB型のときに起こる。最も重篤な病型は、胎児水腫であるが、多くは早期に死亡する。他の病型は生後24時間以内に発現する重症黄疸で、しばしば核黄疸を合併する。軽症例では貧血が主症状である。
(注2)組織適合性抗原 histocompatibility antigen
臓器移植の成否は、提供者と被移植者間の組織適合性抗原が、どの程度共通しているかに大きく依存している。体の中のそれぞれの細胞は組織適合性抗原を有している。移植片の拒否反応は、これに対する免疫反応である。



このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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