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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2000/12/08

<父親の出番−1>

 父親の育児においてはたす役割は、子どもが小学校にはいってからであるとか、ボールを打つことができるようになってからであるとか、昔はよく言われたものでした。もちろん、子どもが生まれたときから、父親の存在が必要なことはいうまでもありませんが、やはりそれぞれの文化に対応して、父親の出番があるのではないでしょうか。
 社会で女性の活躍がますます大きくなった現在のわが国の子育てにおける、父親の役割を考えてみたいと思います。

マザーリング・ザ・マザー

 ひとりの少女が女性になり、妻になり、そして母になるという過程はきわめて意義の大きいことで、子どもの将来にとってもきわめて重要なのです。
 妊娠・分娩・育児という事業は、たとえそれが自然のものであるにしても、女性にとってけっして簡単なものではありませんし、肉体的のみならず精神的にも、大きな仕事なのです。とくに、分娩直後は、新しい母親にとって精神的にも肉体的にも重大なときで、まず父親はそれをサポートしなければならないのです。
 自然界をみると動物の母親が仔を分娩するときには、おたがいに助けあう行動がみられます。多くのばあい、雌がおたがいに助け合うものなのです。イルカは、分娩がはじまると、雌のイルカが集まってまわりを泳ぎ、分娩中のイルカをまもり、仔イルカが生まれると水面の上に押しあげて、空気を吸わせるといわれています。象も分娩がはじまると、ほかの雌象があつまって分娩中の母親の象をまもり分娩を助けるのだそうです。
 自然とたたかいながら、激しい生存競争のなかにある動物たちは、子孫をふやすために、おたがいに助けあうシステムをちゃんともっているのです。
 これは人間にとっても同じで、現在でも伝統文化の社会には、子どもが生まれるとき、その部落の人たちがあつまり、産婦の分娩を助け、生まれた子どもの世話をするなどの行動がみられます。こういった、妊婦・産婦を助け、お産を無事におわらせ、育児の出発点を助ける人びとをドウーラ(注1)と医学文化人類学者はよんでいます。
 先進化した文化社会では、残念なことにドウーラがいなくなってしまったのです。産院にいるあいだは、まだ医師や助産婦さんの助けがあり、新しい母親も安心していられます。しかし、ひとたび退院して家にかえるや、まっているのは核家族の家庭で、多くのばあい、新しい父親だけなのです。このときこそ、新しい父親は、新しい母親の肉体的ばかりでなく精神的な力にもなってあげなければならないのです。
 新しい父親の第1の役割は、ドウーラとして新しい母親をマザーリングすることなのです。母親がわが子をマザーリングするように、父親は新しい母親をマザーリング・ザ・マザーしなければならないのです。優しい勇気づけです。それは、母乳哺育を成功させ、育児を立派におこなうための第1歩なのです。



(注1)ドウーラ doula
 ひとり、あるいは集団として、分娩した母親を、心理的ならびに肉体的に助ける人をさす。多くは女性である。もともとはギリシャ語で、アリストテレスの頃は奴隷という意味でした。現在でもギリシャでは男性のドウーラはまさに奴隷に準ずる役ですが、女性のドウーラは、尊敬されている役なのである。(D. Raphael, 1966)


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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