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小林登文庫


新・こどもは未来である
掲載:2001/01/05

<母と子の人間関係が乱れる−1>

 生物学的な立場、とくに免疫学的な立場からみると、わが子も他人なのです。生命誕生の出発点で、父親と母親の遺伝子が新しい組合せをつくって、子どもが生まれるからです。子どもは半分他人なのです。したがって、ときと場合によっては、母と子、親と子の関係が乱れ、失調をきたすことがあります。これをひろく母子・父子・親子不適合とよぶことができましょう。
 新生児にみられる血液型不適合(注1)による溶血性貧血は血液の免疫学的な母子不適合(注2)の代表であるといえます。
 母と子の生物学的な関係は多彩で、その不適合もいろいろとあります。上述の免疫学的な不適合ばかりでなく、精神心理学的な不適合も含まれます。母と子の精神心理学的な不適合は、子どもに不幸な状態を引きおこすことが多いのです。
 その代表として、母親の愛情にめぐまれない子どものことを考えてみましょう。

母性デプリベーション症候群

 半分他人である胎児は、自然の複雑な仕組みのお陰で40週もの長きにわたり、母親の子宮の中で大きく育ちます。やがて母体をはなれて外界に生まれでて新生児になり、母と子の関係は新しい展開を迎えます。すなわち母親と乳児は育児関係にはいるのです。
 多くの場合、育児の場における母と子の関係は、絵画や文学の世界で美しくえがきだされるような平和な関係であるべきものなのです。そしてその基盤に流れているものは、母親の愛情なのです。
 しかし、母親がなんらかの理由で、わが子に愛情をもつことができないとき、たとえば結婚生活がうまくゆかないとか、夫に裏切られたとか、そんな理由で母親が幸福になれないときに、母親も人間ですから母子関係に不幸な状態がおこることがあります。
 こういった母と子の関係が不適合になる場合はいろいろありますが、子どもが母親の愛情を十分にうけられないとき、小児科医はそれを母性デプリベーション症候群(母性剥奪症候群)(注3)とよんでいます。母親の愛情の恵みをうけないそのような子ども、とくに乳児・幼児では特異な症状を示すのです。
 まず下痢が目立ち、筋力が低下します。食べ物を吐いたり、のみ込んだり(反芻)します。睡眠のパターンが乱れ、自閉的なよくうつ状態などの精神・神経的な症状も示します。その上、身長・体重の増加がみられず、正常をはるかに下まわる状態になるのです。これを剥奪性小人症(注4)ともよんでおります。
 母と子の関係があまりにも深刻なときには、子どもを入院させることがありますが、入院するととたんに、身長と体重が増加しはじめるのです。看護婦さんやお医者さんが優しくするからなのです。普通の母と子の関係にある子どもならば逆に、入院という異常事態になると、母子分離で身長や体重の増加は減少するものなのですが。



(注1)血液型不適合 incompatibility of blood groups
血液型には、ABOあるいはRhなどの血液型があるが、血液型のあっていない血液が一緒になると試験管内ならびに生体内で反応をおこす。例えば、血液細胞が溶けるとか、固まるとかの反応です。
(注2)母子不適合 mother-infant incompatibility
母と自分の子との間が性格・気質の違いで、うまく一緒の生活をやっていけない状態をさす。
(注3)母性デプリベーション症候群・剥奪症候群 deprivation syndrome
母親がわが子を可愛いと思えず、心理的に虐待するようになると、子どもは文中のような症状を多発する。
(注4)剥奪性小人症 deprivation dwarfism
デプリベーション症候群の中で、低身長が一番目立った症状になっている子どものこと。


このシリーズは「こどもは未来である」(小林登著・メディサイエンス社1981年発行)の原稿を加筆、修正したものです。





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