トップページ サイトマップ お問い合わせ
研究室 図書館 会議室 イベント情報 リンク集 運営事務局

 トップ 図書館 小論・講演選集 子育て小論講演〜99トップ


小林 登文庫
小 論 ・ 講 演 選 集


子育てに関する小論・講演(1999年以前に発表)

1.53ショック=少産時代をどうとらえるか
1991 順天堂医学 37巻3号

 1970年には2.13あった合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む平均子ども数)が1989年には1.57、1990年には1.53に下がり、そのショックは日本全土に走った。確かに子どもの数が減って、社会のあちこちに問題が起こっている。とくに筆者が関係している小児医療に至っては惨憺たるものである。JR山手線の内側にある病院小児科の病室は空で、たまに入院するのは交通事故の子どもだという。小児科を専門とする開業医の先生のところも、大幅に患者数が落ちて青息吐息の状態なのである。子ども達が、少なくとも身体的に健康になったこともあるが、ともかく赤ちゃんが生まれないのが大きな理由である。同じ状況は当然のことながら、産科の先生のところでもみられている。

 最も深刻に出生数低下ショックを受け止めているのは政府であって、長寿社会の支持基盤が崩れる、現在の繁栄を支える労働力が不足するなどと、大慌てと言うところ。各省庁の関係者の連絡会議を作り、現状を分析したり未来を予測したり、対応を検討したりしている。かつては、人口抑制をどうするか論じていた人口問題審議会も、これからはどうしたら人口増加を進められるか検討し始めている。

 現在のわが国のこの豊かさを支えるには、女性の力を必要とする現実は、この問題の要因として大きい。その力を発揮していただくには、女性は社会の色々の分野で、職業についてもらわなければならない。その結果として、結婚しない女性の数は増加し、また晩婚化が進んで、子ども出生数が低下するという結果になる。子どもの数が減少すれば、将来の労働力は不足し、ますます女性の職業参加を必要とするようになる。そうすれば、出生数はさらに低下するという悪循環の状態になってしまうのである。

 この悪循環を断ち切るためには、女性になんとか子どもを産んで戴かなければならない。少なくとも2人以上は。しかし、長寿社会の支持基盤や将来の労働力のためと言ってもうまくいくものではない。第二次世界大戦の時に言われた「産めよ ふやせよ 地に満てよ」と同じことになってしまう。現代は、産む産まないを女性が決めている時代なのである。

 現在結婚したくない、子どもを産みたくないという女性も少なくないが、多くは結婚し家庭を持ち、1人、2人の子どもを産み、場合によっては老人の介護まで引きうけ、その上職業をもって健闘している。未婚の女性に尋ねても、殆どは結婚して家庭をもち、2、3人の子どもを産みたいと言う。しかも、生甲斐ある仕事に付き、その上レジャーも楽しみたいと答えるのである。女性も、男性も共に楽しく、人間らしい暮し方を求めていると言えようか。

 この女性の要求を満たさない限り赤ちゃんを産んではくれないであろう。それを可能にするためには、一体どうしたらよいであろうか。今や、男性は勿論のこと、行政に関係する者も、企業人も、皆が発想転換して、ハードとソフトの面から、女性の妊娠・分娩・育児をサポートする社会システムを作らなければと私は思うのである。

 まず、住宅問題から考えなければならない。わが国の豊かさの中で、欧米に比較して最も劣っているのは住宅である。豊かさが増すと共に地価は高騰し、多くの庶民は職場の近くにスペーシャスな家は持てない。若い夫婦は、これではとても子どもをつくる気にはなれないと思う。

 子どもが生まれたら、まず子育てを楽しめるように育児休業を制度化してもらいたい。これは生まれた子どもにとってばかりでなく、女性が精神的にも母親になるのに極めて大切である。しかも、働いている時の収入をある程度は保障し、休業期間が終わったら、少なくとももとのポストに戻れるようにすべきである。また、父親もとれるようにしてもらいたい。それは、母親の子育てのエモーショナル・サポートとして重要だからである。

 育児休業期間を、筆者は子どもが集団生活に楽しく入れるようになるまでの3年間が良いと思っている。勿論、この期間の全部をとれと言うのではない。子どもの性格やその母親のおかれた立場によって、利用しやすいように何百日間か取るようにすれば良いと思うのである。夫、すなわち父親の仕事、おばあちゃんが同居しているとか、初めての子と2人目の子などの諸条件によって、子育ての在り方は変わるものである。

 保育園のつくり方も工夫してもらいたい。職場に良い保育園を作ることは、働く母親にとって大きなメリットがあるが、わが家から勤め先まで、赤ちゃんを抱っこして満員電車で通わなければならない場合には役に立たない。むしろ駅にあった方が良い。JRも私鉄もそれを考えて、住宅地に近い駅に駅ビルを建てる時には、ぜひ保育園を作ってはどうだろうかと思っている。勿論、集合住宅には必ず一階に保育園を作るのも良い。

 また、小児科を持つ病院には、保育園を併設するのもアイデアである。何か起これば、小児科の先生が飛んで来て下さるので、親は安心して子どもをあずけられるし、今問題になっている病児保育も可能である。

 もうひとつ大切なことがある。次の世代の母親や父親になる子ども達に、赤ちゃんへの関心をもたせることである。それは、健康教育とか生活教育・道徳教育とも関係するが、赤ちゃんに直接ふれることで、生命とか人間について考えさせることにもなる。ある地方都市で、中・高校生を保育所に連れて行ったり、乳児健診に立ち合わせたりして、赤ちゃんを抱かせたところ、その反応は大きく、教育効果が上がったという。しかも男子生徒の反応の強さに関係者は驚いたのである。子どもの少ない時代に育った子どもの姿であろう。こうすれば電車の中に妊婦さんがいたり、子連れの母と子がいたりしたら、席をゆずるという風潮もでき、このような教育によって社会全体に妊娠・分娩・育児に対する優しい心が熟成され、女性が子どもを産むことに関心をもつのではないだろうか。

 しかし、本当に「ふやせ ふやせ」と考えるだけでよいだろうか。狭くて山ばかりの限られた国土の中で、アメニティ高く、緑豊かな自然の中で生活するには、適当な人口というものがあるはずである。それを先ず計算すべきではなかろうか。その上で、可能な限り自然を残し、交通とか通信のネットワークを整備し、国全体をインテリジェント化すれば、都市は分散し、住宅の条件を人間的にすることができると考えられる。それは、少産化の歯止めにもなり得るのである。

 足りない労働力は、科学技術を駆使して、機能の良いロボットを作り、それにまかせれば良いのではなかろうか。どうしても足りない分は、よく検討した制度の中で、外国からの労働力を移入するのも一法と考えられる。そうすれば、わが国の豊かさも、多少なり外に分配することになり、応分の国際的なお付き合いを果たすことができると思うのである。国際化が強調されている現在、それなりに意義あることである。

 生まれる子どもの数が少ないことにもメリットがある。まず、教育・医療・保健、そして福祉のレベルアップがやり易くなる。臨時教育審議会では、義務教育の中で、先生と児童・生徒の数の比が、欧米先進国と比較して多いと問題になったが、このような問題は簡単に解決してしまうはずである。

 人口問題、とくにこの長寿化社会の中では、決して単純ではないことは明らかである。しかし、なにかこの機会に英知を集めて考えれば、第二次世界大戦後に人口革命を手際よくやったわれわれは、日本を21世紀のユートピアにすることができるのではなかろうか。


Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・音声・文章・その他の
コンテンツの無断転載を禁じます。

利用規約 プライバシーポリシー お問い合わせ
チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。
 
キーワード: 出産数低下、育児休業、保育園 掲載: 2004/06/11