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類人猿の世界に見る、母子のきずな

ジェーン・グドール × 小林 登


チンパンジーは母子家庭
小林: グドールさんは霊長類とくにチンパンジーに関して、さまざまな研究をされているわけですが、今日はとくにチンパンジーの子育てについて話を伺おうと思っています。
グドール:
(以下グド)
まず、はじめに申し上げておきますが、チンパンジーの場合、子育ては親子ではなく、母子の間で行われます。つまり、父親は自分たちの縄張りを見張り、他のオスが侵入してこないように、また群れの中のメスたちや子どもたちの食料を守るのが仕事であり、子どもを育てるのはもっぱら母親の仕事ということになります。
小林: 子育てに関しては、子どもにとって母親だけが問題になるわけですね。
グド: それで、母親には良い母親から悪い母親までいます。
小林: 良い母親とはどんな母親ですか。
グド: 良い母親は子どもに対しての心遣いが行き届いていて、過度に拘束することなく、保護的な態度で接します。また子どもの遊び相手にもなり、辛抱強く、寛容で、いい意味で子どもを放任します。しかし、子どもに何かあったときには、すぐ気づいて駆けつけるんです。それから他の子どもと接しているときにもそれを見守り、必要なときには子どもの肋けになります。
小林: 悪い母親というのは。
グド: 私たちが今まで見た中でいちばんひどい母親は、子どもの扱い方がまったくわからなくて、すぐに子どもを死なせてしまいました。
小林: 両者の違いはどこにあるのでしょうか。
グド: 私たちが知る限りでは、思いやりがある良い母親を持ったメスは、それにならって立派な母親になります。
小林: 人間の子どもの場合は、幼児期に基本的信頼を得ることが大変重要だとされています。チンパンジーの場合も、そのようなことがあるのでしょうか。
グド: チンパンジーの場合もまったく同じだと思います。信頼の基盤を作り上げるげるのは非常に大切です。これが欠けると、大人になってから神経質で始終ビクビクした性格になってしまいます。
例えば、思いやりのある母親を持たなかったメスのチンパンジーは警戒心が強く、オスの求愛行動を恐がることがあります。そうするとオスはこのメスを脅かすようになり、時には攻撃することさえあります。そのようなメスは前途多難ということになリます。
小林: 父親が子育てにかかわっているのをご覧になったことはないんですか。
グド: 私たちは、どのオスがどの子どもの父親か普通は知りません。また、たとえこのオスはこの子どもの父親だという確信が90%以上あっても、両者の間に特別なきずなというものは見られません。しかしながら、適当な環境を与えられると、見事なまでに(私はこれを母性的態度と呼びますが)子どもを育て上げ、授乳以外のことはすべてやってのけます。最近見た例では、こんなのがありました。12歳9力月の子どものチンパンジーが、母親を亡くしたのですが(兄弟もおりませんでした)、その子は病気によくかかり、育ちが悪く、2歳になってもまだミルクをたくさん飲んでいたんです。いずれ死ぬだろうと思っていたのですが、驚いたことに、全然関係がない若いオスのチンパンジーがその子の面倒を見て、結果的に命を救ったのです。とても感動的でした。
小林: 血のつながりがないのに、そういう行動ができるのはどうしてなんでしょうか。
グド: はっきりとはわかりませんが、その若いオスは、子どもの母親が死んだのと同じ伝染病で自分の母親も亡くし、その寂しさを埋めるために、まだ一人では生きられない赤ん坊とのきずなを深めていったのではないでしょうか。あくまでも想像ですが。
小林: 小児精神科医によると、例えば出産のときに立ち会ったりして、いい形で赤ちゃんに接する機会を多くすると、父親も子どもの世話を夢中になってし始めると言いますね。
グド: 子どもが誕生する瞬間を見るからですね。確かに野生の世界でも、赤ん坊が生まれるとき、子どもは母親の側にいるので、その瞬間を見ます。そして魂を奪われたようになります。私たちも何度か見たことがありますが、子どもは母親の膣のところに指をもっていき、匂いを嗅いだりします。何が起こっているのか知ろうとしているのです。
しかし、チンパンジーの場合ば、そういったこととはかかわりなく、しかるべき状況になれば、大人のオスは自分の群れの中にいる子どもすべてに対して保護的な態度を見せるようになります。
小林: そうすると、自分の遺伝子の分配に影響はないんですか。
グド: 影響はないようですね。オスはテリトリー内の子どもはすべて守りますから、かえってどの子どもが自分の子どもなのか、はっきり知らない方が都合がいいわけです。
小林: そういうあり方が、人間の家族の原型なのでしょうか。
グド: ある意味では、そうでしょうね。
小林: だとすると、なぜ人間の家族は両親とその子どものみ、というスタイルになったんでしょうか。
グド: ただ、それは人間社会の一面に週ぎませんよね。さまざまな文化を見渡てみると実に多様な家族の形態がありますから…。
小林: それは確かにそうですね。
グド: 私にとっては、男たちが複数の妻を持ち、その妻たちは隣接した家屋で暮らすという家族形態が、もっとも基本的なパターンのように思えます。
チンパンジーに関して非常に興味深いのは、チンパンジーの母子は、始終群れの中にいるわけではないということです。チンパンジーの母親は長い時間、群れから離れて自分の子どもとだけ過ごすのです。ある意味で、チンパンジーの家族は、人間の核家族の原型のような気がします。

小林 登

チンパンジーの生活文化
小林: 次にチンパンジーのコミュニケーションについてお伺いしたいのですが、出産後、当然母親は赤ん坊を抱きますが、これは誰の助けも借りずに自分だけでやるのですか。
グド: ええそうです。他に連れている子どもがいますが、何もせずに、少しおびえながら状況を見ているだけです。
小林: 同世代のチンパンジーは出産に立ち合うことはないのですか。
グド: 私たちは見たことはありません。
小林: 赤ん坊が産声を上げますと、まず母親はどうするんですか。
グド: 誕生の様子は見たことないんですが、赤ん坊を引き上げて、あやすのだろうと思います。赤ん坊は普通上手にしがみつきます。ですから、出産の翌日でも、母親は子どもを抱く必要なく歩き回りますが、そうでないときには自分で抱きかかえます。
ほとんどのコミュニケーションは触ることで行われます。赤ん坊は大体母親にしがみついてますから、声を出す必要がないんです。たまに、赤ん坊が乳を飲もうとして母親の乳首が見つからないとき、小犬がクンクン鳴くような声を出します。そうすると、良い母親は乳を飲めるように赤ん坊を動かしますが、悪い母親になると、ただ座っているだけで何もしません。
それから良い母親は赤ん坊を抱くとき、子どもの頭が後ろに落ちないように注意しますが、悪い母親はそんなことはかまいません。赤ん坊が眼るときも、良い母親はしっかり抱っこして赤ん坊が落ちないようにしますが、悪い母親は赤ん坊にしがみつかせておくだけです。
小林: その違いは母親としての経験からくるものですか。
グド: 遺伝に観祭と経験が混ざったものでしょう。
小林: 家族の文化ということですね。
グド: はい。文化ですから、多少の経験は受け継がれていきます。
小林: となると、聡明なチンパンジーと愚鈍なチンパンジーが生じるわけですね。
グド: そうです。
小林: 聡明なチンパンジーは赤ん坊の育て方も早くからわかっているんでしょうね。
グド: 子どもが大きくなって自分で歩き回れるようになると、コミュニケーションは突然、複雑なものになります。母親は「ここに来なさい」というような、あらゆるシグナルを送ることができるようになります。
小林: 声は使いますか。
グド: 声を使うときもありますが、大抵はポーズやジェスチャーです。おもしろいことに、大人のチンパンジーがコミュニケーションに使うポーズやジェスチャーの多くは、母親と子どもの間で交わされるものと向じで、それが大人の間でも通用しています。
小林: 言い換えると、大人が母子のやり取りを真似しているんですね。
グド: 子どもが5年間乳を飲んでいれば、母親と5年間一緒にいることになります。そして、もし子どもが何かにおびえ傷ついて、べそをかいたり泣き叫んだり、あるいは母親に向かって救いを求めたりしたら、すぐにやってきて助けてくれます。そして、母親から離れる頃になると、今度は母親でない誰かから同様の安心感を得ようとします。
小林: 先生の著作によると、チンパンジーば少なくとも5、6種類の叫び声を出すそうですね。
グド: ええ、そうです。たくさんの声を出します。
小林: それは大人のコミュニケーションにおいてだけですか。
グド: いいえ。ある程度は子どもも出しますね。子どもは母親を見失ったり、驚いたりすると、泣いたり叫んだりします。この声は思ったよりも大きく、時には金切り声になったりします。母親は子どもを落ちつかせるため、毛づくろいをしたり、遊んでやったりします。最終的には大人が出すような声を真似て、吠えたり、脅したりといったような声、あるいは食べ物に関する声を出すようになるものです。
小林: 日常生活や道具の使い方などは、どうでしょう。どうやって母親は子どもたちに教えるのでしょうか。
グド: 親が教えるというよりも、子どもは勝手に真似をするんですね。子どもは他のチンパンジー、とくに母親のやっていることに夢中になります。徐々に見ている時間が長くなり、例えば、道具を使うという行為にも夢中になるんです。よく観察するようになり、見たことを練習し、徐々に上達していきます。また、子どもたちはさまざまな食物についても学びます。まず、母親が口にしているものを食べ、それから今度は同じものを自分で手に取って食べてみます。
子どもは真似することによって学びますが、それぞれの性格も違うので、多様な行動を見せます。固定したものではなく、本能的でもありません。ですから、チンパンジーは新しい方法を考え出すこともあります。それが適当なものであれば、そのやり方を子どもは学習していきます。このことが、同じアフリカでも場所によって、チンパンジーの文化が連うことの理由ではないかと思います。本当にまったく違うんですから。

ジェーン・グドール
小林: 食べ物に関する習慣も違うとおっしやいましたね。
グド: ええ、例えば、われわれの観察するチンパンジーの生息地から100マイル離れたところにいるチンパンジーは、われわれのチンパンジーが好むのと同じ食べ物があっても、食べないことがあるんです。
小林: つまり、食べ物の習慣はグループ内で伝えられるということですね。
グド: そうですね。ただ、時間がたつと外部に流れることもあります。というのは、若いオスが近親交配を避けるために、自分の群れを離れて隣りの群れに移ることがあるからです。そしてそのオスが身につけていた習慣もその群れに浸透していきます。
小林: となると、チンパンジーのある行為については、最初に実行したものがいるということですね。
グド: 非几な才能を持った発案者ですね。日本ザルでも、あるサルが何かを発明して、他のものが真似をすることがよくあります。
小林: そうすると、新しい行動が見られるようになるわけですね。一緒に生活したチンパンジーの中に、人間の真似をしたものはいましたか。
グド: もちろん、飼われているチンパンジーは人間の真似をしますが、野生のものにはそういったことは見られません。真似をするのはあくまでもチンパンジー同士です。
小林: なるほど、おもしろいですね。
グド: 彼らのコミュニケーションカは非常に豊富です。遠距離間のやり取りの場合も、個々のチンパンジーは独特の声を持っているので、誰が呼んでいるのかすぐにわかります。そして、その都度、会いに行くのか、応答するのか、何も応えないのか、逆方向に走るのか、といった決定をするんです。彼らは常に群れを作ったり、一つの群れを離れて別のグループを作ったりしているので、いつも選択をしています。今日はどこに行って何をするのか、一人で静かに過ごすのか、自分一人で食べるのか、それとも刺激的な群れに加わって狩にでも行くのか。
小林: チンパンジーはコミュニケーションするのに、何か木や葉っぱのようなシンボル的なものは使いますか。
グド: 野生の世界で実際にシンボルを使うコミュニケーションを見たことはありません。
小林: ということは、声が中心になるのですか。
グド: あとは先ほど申しましたように、ポーズやジェスチャーです。
小林: 彼らが出す声はいったい何種類あるのですか。
グド: 24種類の声を出します。そして、それぞれの声は微妙に変化します。
小林: それらの声を組み合わせて使うこともありますか。
グド: ええ、あります。声は一つひとつ違った意味を持っています。主に感情に基づいて出す声が決まります。例えば、うれしいときに出す声、何かにおびえたときに出す声、あるいは怒ったときの声、といった具合です。
小林: 感情は人間と同じなんでしょうか。
グド: 人間の子どもはうれしいとき、何らかの態度に表して、それを見て周りの人は「あ、この子は喜んでいるんだな」と思います。それが、たとえイヌイットであっても、日本人であっても、ロシア人であっても、うれしい気持ちを表す態度は同じです。チンパンジーの子どもも同じ態度を表します。ですから、どのチンパンジーが喜んでいたり、悲しんでいたりするのか、わざわざ言われなくてもわかります。証明はできませんが、少なくとも彼らの感情は私たちと類似しています。
小林: 優しさとか、愛とか。そうですね、愛という情は言うまでもないと思いますが、同情心とか。
グド: 激怒、恐れ、絶望、満足。ただ、本当に感情があるとしても、おそらくチンパンジーが罪の意識を感じることはないと思います。それはモラルのはじまりですから、困惑することはあっても罪悪感はないと思います。

思春期以後の母子関係
小林: 人間の母親は、赤ん坊を寝かせたり、感情的なコミュニケーションを取るのに、子守歌を歌います。もちろんチンパンジーには、話す能力はないのですが、先ほど母親が子どもを落ちつかせるのに毛づくろいをするとおしゃいましたね。
グド: ええ。毛づくろいすることで赤ん坊が眠りにつきます。これは赤ん坊をきれいにするためにやっているのではなくて、あくまでもやさしく毛をなでる行為です。
小林: そういうときに声は使わないのですか。
グド: なだめるのには使いません。確かにチンパンジーと人間を比べてみると、驚くほど似ている部分が多いことがわかります。ただ、私は人間が洗練された話言葉を発展させてきたことを無視したくありません。チンパンジーは、人間の母親が子どもをなだめるように声を使うことはできません。
小林: チンパンジーに関して暴力や非行など、態度での問題はありますか。幼児期から始まって、母親と子どもの関係は非常に密接で、厳しく、濃厚なものですよね。母子関係の乱れによって異常なチンパンジーが育つこともありますか。
グド: とくに赤ん坊が母親から離されて飼われた状況で、しつけが特殊な場合です。子どもの頃の苦い経験と大人の異常な行動の間には密接なつながりがあるように思われます。母親を失うと、その傷は生涯子どもの行動に影響を与えます。
小林: チンパンジーも、思春期における行動の変化は見られるのでしょうか。
グド: 人間の子ども同様に、チンパンジーの思春期も非常に興味深いものです。この時期は、メスにとっては平穏な生活そのもので、母親と一緒にいて必要なことをすべて学びます。赤ん坊についても、性についても、食べるものについてもです。
一方、若いオスの場合はまったく事情が遠います。オスが母親と一緒にいても、例えば、狩についてはあまり学べません(母親はほとんど狩をしません)。それから、オスの優位性やテリトリー内の見回り行為についても多くを学べません。その結果、彼は母親のもとを去り、いろいろな刺激を受けに他のオスのもとに行きます。他のオスと一緒に過ごして、その行為を観察し、自分も実際にやってみます。
それから若いオスは、思春期になるとテストステロンに変化が生じて、メスに対して攻撃的になり、支配することも覚えます。そしてメスを支配するようになると、他の才スたちは許容的ではなくなるので、若いオスは仲間を恐れるようになります。それまでは群れの一貫として何でもやれたのですが、他のオスに自分の行動を挑戦的と受け取られて、周りがすべて攻撃的になるからです。思春期はオスの生涯で何もかもが変化する時期です。
同じようなことは、われわれ近代社会の若者たちにも起こります。いわゆる原始社会では、青年期の行動様式は部族の文化や伝統によって決められていました。ですから、各局面で、自分のするべきことは、何なのかがわかっていました。しかし、西洋の近代文明のもとに生きる若者たちはこのような指針を持ちません。実はチンパンジーもそうなのです。
若いオスにとって唯一安定しているのは、母親との関係だけです。これだけは基本的に変わりません。他のメスを支配しても、母親を支配しようとはしません。他のメスから食べ物を取り上げても、母親からは取りません。悲しくなったり、悩んだり、傷ついたりしたときは、母親のところに戻り一緒に過ごします。
小林: オスが母親離れをするのは何歳ぐらいですか。
グド: 8歳から2歳の間ぐらいです。はじめは短期間ですぐ戻ってきます。
小林: 離れているのは、何日間ぐらいですか。
グド: 8歳の場合は数時間です。9〜10歳の場合は3、4日です。長くはありません。
小林: 母親のところに戻ってくるのは、彼が新しいパートナーを見つけるまでですか。
グド: パートナーは関係ありません。若いオスがいるグループというのは、群れの中にいるメスすべてに接近するオスのグループで、若いオスは彼らによって他の群れから連れてこられるのです。野生のチンパンジーの世界には生活のためのペアリングというのはありません。チンパンジーにおける家族というのは、母親とその子孫ということです。
小林: チンパンジーのメスは、ふつう何匹ぐらい子どもを連れているんですか。
グド: まれに2〜4匹連れているのがいますが、もともとチンパンジーは子どもを5年間に1匹しか産みませんからね。子だくさんの例としてはフィフィというチンパンジーは6匹の子どもを産んで、みんな生きています。
最初の子ども(ォス)が1971年に生まれました。それから5年後、2番目の子ども(これもオス)が生まれました。さらに5年後、メスの赤ん坊が生まれ、また5年後再びメスの赤ん坊が生まれました。4人の赤ん坊を5年ごとに生んだのです。
それから、4年と半年後、オスの赤ん坊が生まれました。驚いたことに、それから3年しか経っていないのに、母親はまた妊娠したのです。そのために通常よりも早く、3歳の子どもを乳離れさせなくてはなりませんでした。
その子どもは、かわいそうに大変落ち込みました。そして信じられないような癇痛を起こし、暴力を振るいます。フィフィはそれに対してどうしていいかわからず、困り果てています。そして冷酷な性格になってきています。もう次の子どもを妊娠しているのですから、今の子どもにはなす術がないのです。
小林: チンパンジーの子どもにとって5年の期間というのはとても大切なんですね。
グド: ええ。感情を形成する上でとても重要です。結局フィフィは、子どもが情緒不安定になったために、その後の2年間、子どもを背中に乗せたり、夜は一緒に寝たり、乳を飲ませることを続けました。その間、2匹の子どもを同時にもったような形になったのです。 現在彼女には6匹の子どもがいます。最初のメスには子どもがいて、フィフィはもうおばあちやんです。次のメスにも今年子どもが生まれるかもしれませんから、立派な家族ができあがります。もちろんこれは支配的な家族ですが。
小林: フィフィはすばらしい母親ですね。
ところで、チンパンジーの家族や共同体のお話を間きながら、人間社会に目を向けてみますと、さまざまな価値観の変化(とくに男女の役割に関して)に直面します。女性は男性に対して、子どもの世話など、もっと女性の役割を負担してほしいと思っているでしょう。つまり役割の平等化です。チンパンジーの社会を考えるとき、人間社会のこのような変化についてどう思われますか。チンパンジ−の生活と人間の生活の変化を比べて見てくださいませんか。
グド: まず、言っておきたいのは、チンパンジーの世界ははっきりとしたオス社会だということです。オスの方が大きく、より攻撃的で、争い事も多いのです。母親の役目は子育てに限定されていますから、これは当然とも言えます。つまり、母親が尊大に振る舞い、オスのように争ったら、子どもを傷つけることになります。そして、子どもが生きられなくなるわけですから、母親もその攻撃的な遺伝子とともに消えてなくなります。
人間とチンパンジーの違いに戻りますが、人間に関して興味深いのは、われわれは言葉を使い、考えをもち、話し合うということです。人間は生まれつきチンパンジーと同じように男性社会なのかもしれません。たぶん世界中の人間社会でそうなのではないでしょうか。
しかし、人間は他の創造物に比べて、自分たちで文化をつくり、本来の生態的な本能を支配し、抑制する能力をもっていると思います。これがわれわれ人間が他の動物たちと違うところであり、今日地球上において独特の地位を保っている理由なのです。そしてある意味ではすばらしい変化を遂げることもできます。
性の平等をもっと推し進めるというのは、まことに結構なことです。ただ、本能を抑制する方法で行うことですから、まだ多くの人は手際よく実行できないでいると思います。徐々に進化を積み重ねていく必要があると思いますね。
小林: 最後に先生が関係しておられる、環境保護団体の「ルーツ・アンド・シューツ」の説明をしていただけますか。
グド: 「ルーツ・アンド・シューツ」は象徴的な名前です。ルーツ(根)は地中での基礎固めをするという意味を、シューツ(若枝)は、新しく小さくとも、時には光に届こうと煉瓦の壁をも突き破るという意味を持ちます。ルーツ・アンド・シューツは若者向けのプログラムで、3つの活動に分かれます。環境への関心、動物への関心、そして互いへの関心。
チンパンジーは私たちに謙遜ということを教えてくれます。チンパンジーの行為を見ていると、われわれ人間は、過去に思っていたほどには猿たちと違わないことに気づきます。まったく違わないわけではないですが、進化の全体から見れば、われわれもその一部でしかありません。
それに、チンパンジーは人間以外の他の動物に対しても尊敬の気持ちを持たせてくれます。チンパンジーをはじめとする動物たちに気を配れば、人間同士の競争に別れを告げ、環境にも気を配るようになります。なぜなら、人間はそのどちらが欠けても生きていけないからです。
このプログラムは、若者に対し、世界をもっと良くするにはどうしたらいいのかを話し合うためのものです。世界をより良くするためには、どんなプロジェクトが可能だろうか、東京のど真ん中であろうと、タンザニアの国立公園の果てであろうと、それは変わりません。
私たちは非常に柔軟性のあるさまざまなプログラムを企画しています。それは、固定したものではなく、関係する教師や子どもたちや実行される場所によって臨機応変に変わるものです。
このプロジェクトの強みは、世界中から集まり、同じことを協力して行う若者たちのつながりです。彼らはロサンジェルスの中心部の都市では公害や犯罪についてのプログラム、そしてタンザニアの田舎では土地の浸食や人口過剰についてのプログラムと、それぞれ異なったプログラムに取り組んでいるでしょう。しかし、いずれも自分たちの直面する問題を話し合えば、自分たちが一つになれることを学ぶでしょう。まったく異なる見通しをもつ、これらの2つの場所に住む子どもたちにとって、世界が存続し続けることは、同様に重要な問題となるのです。
現在のところ、このプログラムは40力国で計画されています。それらの国の中には、合衆国、カナダ、ドイツのように、すぐにスタートしたところもあれば、さまざまな理由で遅れているところもあります。日本でも大きな困難があるようです。
小林: 各国に事務所があるのですか。
グド: いいえ、まだです。
今のところ、アメリカのインターナショナル・スクールのネットワークを通して発展しています。ヨーロッパでは、しばらくの間、ある一つの学校を開催場所に定めるという形式で行われています。しかし、各インターナショナル・スクールは、少なくとも一つの現地の学校と協力する必要があります。そうしてはじめてその地域に浸透していくからです。
小林: 日本のアメリカンスクールにはその機能はありますか。
グド: いいえ、まだありません。
アフリカでは、私がいるところに事務所があります。そこにはJGI(ジェーン・グドール協会)の事務所もあります。
小林: ジェーン・グドール協会の、ネットワークはどんな様子ですか。
グド: われわれは、アメリカ、カナダ、イギリス、そしてタンザニアにしっかりと拠点を置いています。そして、オランダとドイツにも置くつもりです。
小林: JGIはメンバー制の組織なのですか。
グド: ええ、そうです。
小林: ネットワークを確立するのは大変ですが、ぜひとも協力したいと思います。それでは本日は本当にありがとうございました。
グド: ありがとうございました。
1994年5月10日 於・如水会館

(ジェーン・グドール 霊長類研究家)
(小林 登 国立小児病院院長・東大名誉教授)


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