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幼児期の運動支援が前頭前野の発達に及ぼす影響
〜柳沢運動プログラムの実践を通して〜

柳澤弘樹、筑波大学大学院・スポーツ科学専攻
 
近年、子どもの遊び形態が変化して動的な遊びが静的な遊びへ移行して来ました。我々は過去の実験より、前頭前野の発達の遅れには子どもの遊びの変化が影響していることを明らかにしてきました。高次機能を担う前頭前野の発達の遅れは、キレる・荒れるという子どもたちの心の問題にも関わってきます。
現在、独自の運動プログラムを展開して、幼児期から児童期の運動遊びが子どもの心と脳の発達にどのような影響を与えるか継続的に調査しています。

私たちは、幼児期や児童期における身体運動が前頭前野の発育発達に大きく関与していると考え、“柳沢運動プログラム”と称した運動支援を展開しています。本研究は、ある小学校の担任教師による気づきから始まりました。クラスの担任教師曰く、「ある特定の保育園から進学してきた子どもは他の児童と違う」ということでした。その保育園の児童はとても活発に動き回って遊ぶけれど、集中するときや話を聞く状況への切り替えが他の児童より早く、明らかに違っていたようです。このことから幼稚園の時に取り入れられていた“柳沢運動プログラム”が注目され、幼児期における運動支援の効果を検証することとなりました。
子ども達の脳機能測定には、Go/No-go課題テストというランプ反応のテストを用いて、抑制力、注意力を間違い数から評価しました。その結果、運動プログラムを実施した園の児童はGo/No-go課題テストの成績が向上し、生活態度も非実施群の児童よりも高い得点を示すという結果が得られました。幼児期の全身運動は身体成長のためだけでなく、全身の筋肉を巧みに動かすことで脳へ多くの情報が入力され前頭前野の活性も高まると考えられます。同時に運動は仲間との触れ合いを増やすので、抑制や興奮をコントロールする機会が多くなり、前頭前野機能を高めていることが示唆されます。



今回の実験と同様の手法を用いて、1969年から子どもの大脳活動の型の研究が正木教授(日体大)らによって始められました。Go/No-go課題実験は、形成実験・分化実験・逆転分化実験で構成されている前頭前野機能を評価する手法の一つで、広く利用されている確立された実験方法です。形成実験は赤色のランプが点灯したときだけゴム球を握る単純反応課題。分化実験は赤色と黄色の2種類のランプが点灯し、赤色の時だけゴム球を握る判断課題。逆転分化実験は、黄色で握って赤色は握らない課題提示実験です。この実験では、それぞれの課題の握り間違い数、握り忘れ数から大脳活動の型を5つに分けました。大脳の発達が不十分な幼児期に多いとされる「不活発型」。抑制を興奮が上回っているため抑制が出来ずにゴム球を握ってしまう「興奮型」。慎重になるあまり握ることが出来ない「抑制型」。課題が変わるなど環境の変化に適応しにくい「おっとり型」。どの実験段階でも間違いの少ない「活発型」に分類して、各自の大脳活動を型にあてはめて子どもの大脳の発達段階を分類しました。子どもの脳の発達は、不活発型→興奮型→抑制型→おっとり型→活発型の順で発達していくと考えられています。子どもの遊びの形態を見ると、中国の住環境は日本の30年前の環境に似ていることから日本と中国の子どもにGo/No-go課題を行い、その結果を比較しました。実験は1969年、1979年、1998年の日本と1984年、1999年の中国の計5回の実験を行い、学年ごとの大脳活動の型と推移が調査されてきました。



その結果、1969年と1979年の日本の子どもの大脳の型に大きな違いがあることが明らかになりました。1969年では幼児期に多く見られる不活発型は加齢に伴い減少していましたが、1979年には年齢が上がっても残存する傾向がありました。言い換えると、身体だけ大きい幼児のような子どもが増えたと言えます。また、興奮型に関しては1969年では小学校2年生にピークを示していましたが、1979年では小学校6年生にピークが見られました。脳の神経系は興奮と抑制で成り立つという考え(パブロフ学派)によると、興奮過程と抑制過程がバランス良く備わることで行動や考えが大人へ近づくと考えられます。これによると、今回の興奮型のピークが遅れたのは、大脳の発達が遅れていることを意味しているのかもしれません。中学校で生徒が暴れたりするのは大脳の発達の遅れが原因と考えることも出来ます。日本の1969年と1979年の大脳活動の型の違いの原因を探るべく1984年に中国でGo/No-go課題実験を行いました。住環境から推測するとこの時代の中国の子どもは日本の1969年と近似していると推察されます。結果は、1984年の中国の不活発型は加齢とともに減少して、興奮型のピークは小学校2年生にきていました。また、活発型は加齢とともに増加して、住環境が子どもの大脳活動の型に影響を与えているという仮説が支持される結果となりました。


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その後、1998年と1999年に日本と中国で再度調査を行ったところ、不活発型は加齢とともに減少していましたが、興奮型は1979年と同じく小学校6年生にピークが来ていました。1999年の中国の調査結果では、1984年に比べて加齢にともなう不活発型の減少が小さいことから、幼児に近い子どもが増加していると考えられます。また、興奮型のピークも1年遅れて日本の1984年と同じ傾向を示すことが確認されました。


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大脳活動の型の変化を見ると、1979年は1969年に比べて幼児期に見られる不活発型の子どもが加齢とともに減少せず、興奮型の子どものピークが4年遅れて6年生に移行し、活発型は加齢とともに減少しない傾向が見られました。この時期に子どもに何らかの変化があったと考え、子どもの環境要因について調査した結果、子どもの生活スタイルが変化していることが分かりました。特に、1979年の子どもの生活は勉強時間、マンガ、読書の時間が増えて1969年よりも遊びの時間が減少していたのです。中でも外遊びの時間は大きく減少しており、屋内での静的な遊びが増え、体を十分に動かす時間が無くなってきたと言えます。では、この時期に子どもを取り巻く社会状況はどのように変化したのでしょうか。次に示すのが、自動車の保有台数とテレビの普及率、そして交通事故のグラフになります。1960年頃から車の保有台数が増加して、交通事故の件数とテレビの視聴台数も同時に増加しています。車の保有台数が増加するとそれに比例して交通事故の犠牲者が増加します。この犠牲者の多くは幼児であり、その結果「外遊びは危険である」という概念が定着してしまったのかもしれません。そうなると危険な屋外から安全な室内へと子どもの遊び場は移行します。その結果、群れをなして遊んでいた「子どもの群れ社会」は崩壊して運動量とコミュニケーションが減少してしまったと考えられます。



これらの実験から、子どもにとって身体運動は大脳活動に大きな影響を与える因子であることが示唆されます。しかし、現在の日本の住環境で“子どもの安全”や“生活スタイル”を考えると、子どもだけで自由に外で身体を動かして遊ぶのは難しい時代といえます。しかし、幼児期は様々な経験や体験をして成長します。すでに脳イメージング研究で、ゲーム中は脳の活性が落ちるというデータも報告され、単調な遊びが脳機能の発達を抑制してしまう可能性が高いと言われています。8歳で神経系は90%近く発達するという報告からも、特に幼児期・児童期に全身を使って遊ぶことの重要性が伺えます。



現在、行っている運動プログラムは長野、茨城、東京、兵庫、福岡・・・など各地で実践されており、子どもが楽しく運動に親しめるよう、遊びの中に段階を追った指導を取り入れて行っております。そして、跳び箱や鉄棒といった「出来る」「出来ない」がハッキリと分かる課題をクリアすることで、子どもは達成感を感じて次の課題へ自主的にチャレンジしていくのです。運動と脳機能の向上という点に関しては更なる実験と調査が必要ですが、運動遊びが脳を活性化して健全な心と身体を育てていると考えられます。現在も“運動プログラム”によって、心と脳にどのような影響があるのか継続調査を行っておりますので追って報告します。

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