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Vol. 20, No. 9, September 2004
1. 児童精神医学者の夢:子どもの虐待をなくす

児童精神医学者の夢:子どもの虐待をなくす

グレゴリー・K・フリッツ医学博士

 あらゆる年代のアメリカ人の精神衛生をよくするために、何か一つだけ私にできることがあるならば、私は児童虐待をなくすだろう。
 児童虐待は、私たちの「文明」社会では驚くほどよく見られる。児童虐待が追跡すべき社会問題だと考えられるようになったのは過去わずか40年の間だが、全国の事件発生を記録した統計は山ほどある。2002年には、300万人以上の子どもが児童虐待事件に巻き込まれ、約90万人が公式に犠牲者と認定された。2002年には1,400人以上が直接的な児童虐待によって死亡しているが、この数字は実数を大幅に下回ると考えられている。というのも虐待による死亡者の50%から60%は虐待によるものだと記録されていないからである。児童虐待の定義を拡大して、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、精神的虐待なども含むとし、さらに報告される件数は実数をはるかに下回るものだということを考え合わせると、全体の数字は信じられないほど膨大になる。
 虐待を受けている子どもたちが深刻な心理的反応に苦しむだろうことは、容易に想像できる。小児期の不安性障害、抑うつ性障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、自己評価の低さ、問題行動などは、小児期に受けた虐待の後遺症としてごく普通に見られる。具体的に言えば、当院の小児精神科病棟の患者の3分の2から4分の3は、虐待歴が入院の原因に直接関係している。
 小児期の関連性ほど明らかではないが、若者や成人の精神衛生にも児童虐待の影響が見られる。虐待を受けた時から何年も経ていても、子どものときに虐待を受けたことがある人は、自殺の危険性が高くなる。それ以外の自分を傷つける行為 ― 切傷、断食、自殺未遂、自傷行為なども、子どもの時に虐待を受けた若者や大人に非常に多く見られる。
 精神科に入院している成人患者に関する調査では、小児期の虐待が驚くべき割合で報告されている − 報告の一例では、74%にものぼる患者が虐待を受けていた。子どもの時に虐待を受けた人は、受けなかった人と比べて情動障害と不安性障害で3倍、反社会的人格異常で4倍、外傷後ストレス障害では10倍も高い割合でかかりやすくなる。
 薬物乱用も子どもの時に虐待を受けた人の間では際立って多い。SAMHSAがまとめた相当数の研究において、薬物乱用で治療を受けている女性の75%が性的虐待を受けたことがあると推定されている。さらに薬物又はアルコール治療プログラムを受けるために入院している少女の90%、少年の42%が子どもの時に虐待を受けたことがあった。全般に、アルコール問題を抱えたティーンエージャーで、性的虐待を受けたことがある者の数は、受けていない同年代の者と比べて21倍である。非行についての数字も同様に比べられる。少年司法制度下におかれている者の80%が子どもの時にひどい虐待を受けており、女性受刑者の80%にも同じような虐待された過去がある。
 児童虐待と後年の精神衛生、薬物乱用、犯罪や社会問題との関連を記録した文献は膨大である。相関関係から因果関係が証明される訳ではないが、虐待と関連して何度も繰返され、障害と虐待タイプが結びつき、20年以上にわたって記録されていると、累積された証拠の重要性は自ずと高まってくる。
 問題が難しいのは、虐待が生涯続く精神衛生にとても悪い影響を「与えるか否か」ではなくて、「何故そのような影響をあたえるか」である。これに関するデータは不完全で、推測の域をでない。最近可能性が高いとされているのは、児童虐待が「ゆさぶられ乳児症候群」と同じような機序を通して成長期の脳を甚だしく傷つける、あるいはさらに微細な神経精神医学的変化が機能障害を引き起こすというものである。心的外傷を受けた事件のずっと後まで心の痛みが長引くのも明らかである。虐待された記憶を呼び起こす経験によって何度も傷口が開かれるので、その痛みを麻痺させようとする結果薬物乱用がおこるのだろう。別の道筋は、虐待を受けた子どもたちは自分を愛されず、傷ついた存在、あるいはセックスの対象としてのみ価値がある存在であると思うようになることから端を発し、そうした存在として振舞うことで、拒否、入院、監禁などの結果につながっていく。このような態度は、精神医学的リスク因子の多くを改善しうる癒しと支えの関係を築くことを妨げてしまう。最後に、虐待を受けた子どもたちの中には、自分が犠牲となった行為を再現し、虐待をする側に回る者がいる。今日、犠牲者が後に暴力犯罪の加害者になることがあまりに多すぎる。
 残念なことに、精神衛生を良くするための、この一つの願いは未だかなえられず、児童虐待をどう予防するかを知るにはほど遠い。しかし何よりもまして重要なこの目標に向かって、我々の進歩が耐えがたいほどゆっくりなものであっても努力をし続けていかなければならない。


The Brown University Child and Adolescent Behavior Letter, September 2004
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