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アメリカの「対立から学ぶ教育」
アメリカの「対立から学ぶ教育」〜誰もがピースメーカーになれる教育実践

 日々のもめごと、問題を子どもたち自身が解決する力をつけることを目的とした「対立から学ぶ教育(Conflict Resolution Education/以下CR教育)」は現在アメリカ全土で行われている。
 筆者は2006年の1月から1年間、ニューヨークのNPO、Morningside Center1 での研修を通して、ニューヨーク市の公立幼稚園・小学校を訪問し、CR教育の実践を観察する機会を得た。みんなが安全で安心して学べる学習環境をつくるために、学校がNPOとともに取り組んでいるCR教育は、子どもたちが日常の「対立や問題」と向き合い、「自分で問題を解決できる」という自信をつける画期的なものであった。
 折しも日本では、学校や地域において深刻化するいじめや不登校、子どもたちの問題行動が注目されていた時期でもあったので、このCR教育の取り組みが、日本の教育に何らかの示唆を与えるものではないか、と強く感じたのが、本稿を寄稿することになったきっかけである。
 本稿ではCR教育が何を目的にどのように行われているのか、そしてその成果はどのような形で現れているのか、を文献やインタビューから報告したいと思う。

 第1章では、CR教育の歴史的背景とその目的を述べる。第2章では、CR教育の具体的なアプローチ方法とその実践、第3章・4章ではCR教育のカリキュラム開発・実践を行っている方へのインタビューを通じて、CR教育の実際をレポートする。さらに第5章ではCR教育の今後の展望について述べたい。


小学校でのCR教育実践の様子

「ニューヨークの小学校でのCR教育の様子」(撮影:中村絵乃)


第1章  CR教育の背景と目的
1.CR教育の流れ

 対立解決学会(Association for Conflict Resolution 以下ACR) 2 によると、CR教育は「個人の、対人関係の、または組織間の対立に積極的に取り組み、安全で肯定的なコミュニティを創るための、様々な手法や技術を、文化的に有効な方法で、提示し教えること」(ACR、2002)と定義されている。つまり、CR教育は子どもたちが「対立」は悪いものではなく、常に社会に存在するものであることを理解し、「対立」の背景にある力関係や文化の影響に気づき、多様な視点からその対応を考える機会を与える教育であるといえる。
 アメリカ全国の約85,000の公立学校のうち、15,000〜20,000の学校でCR教育が行われていると言われている(Jones, 2004)。アメリカでCR教育が盛んに行われるようになったのは1980年代後半からである。その背景には学校での生徒による暴力やけんか、問題行動などが増え始め、それに教師が授業時間を割いて対応せざるを得ず、学校の授業が成り立たなってきたことが挙げられる。増え続ける問題の対応策として多くのCR教育のプログラムが学校で行われるようになった。
 CR教育やピア・ミディエーションプログラム3 誕生の背景は大きく4つの流れがあると言われている (Johnson and Johnson, 1996) 。1つはCR教育の研究者から生まれた流れ、2つ目はクエーカー教徒による非暴力の提唱から、3つ目は核戦争に反対する教育者たちの活動から、そして4つ目は法律家たちの活動から始まっている。以下にその4つの流れを簡単に説明したい。

1 Morningside Center for Teaching Social Responsibility (www.morningsidecenter.org)。2007年1月より、「社会的責任のための教育者の会 メトロポリタン(ESR Metro)」から名称を変更した。NYを拠点に活動するNPO。年間約80の学校にCR教育プログラムを提供している。
2 紛争予防や対立解決について研究者や実践者が集って結成した専門的な学会。www.ACRnet.org
3 Peer Mediation  子どもが子ども同士のけんかや問題を仲裁するプログラム

1)研究をベースにしたピア・ミディエーション

研究者が中心となって、過去の研究をベースに1960年代に始められたのは「生徒達をピースメーカーにするプログラム(Teaching Students to Be Peacemakers Program)」というピア・ミディエーションプログラムである。社会的相互理論(Deutsch, 1949 他)に基づき、学校の生徒全員に、対立の性質、公正な交渉の方法、仲間の対立をどのように仲裁するか、などを教えている。そして校内全ての生徒が順番に教室や学校でミディエーター(仲裁者)になって実践する。類似するプログラムも次々開発されている。

2)クエーカー教徒による非暴力の提唱

クエーカー教徒の組織「非暴力の提唱者(Nonviolence advocates)」は1972年からニューヨーク市において子どもたちに非暴力を教えることを目的とした「子どもたちによる対立への創造的な取り組み(Children’s Creative Response to Conflict)」を実施している。プログラムの中で「非暴力の力は、公正さ・思いやり・個人的な誠実さの中にある」と教えている。現在は、「対立への創造的な取り組み(Creative Response to Conflict)」と団体名を変え、ニューヨークを中心に活動を続けている。

3)反核運動から生まれた活動

核戦争に反対する教育者たちが始めた「社会的責任のための教育者の会 (Educators for Social Responsibility)」は、1985年に「対立を創造的に解決するプログラム(Resolving Conflict Creatively Program)」を開発した。このプログラムには グループ内での関係性や協力を通した学び、対立解決の過程を学ぶ10単位のカリキュラムと、ピア・ミディエイターになるための20時間の研修が含まれている。20年経った現在もアメリカ全国の公立学校で実施されている。

4)法律家たちによる活動

法律家たちが、カーター元大統領の組織する「地域裁判センター」に1980年代に関わりはじめたのがきっかけで、対立解決カリキュラムが小学校のピア・ミディエイターの研修向けに開発された。研修は通常2日間に渡って行われ、ミディエイターの役割や基礎コミュニケーションのスキルについて学ぶ。プログラムは現在「サンフランシスココミュニティ委員会対立管理プログラム(San Francisco Community Boards Conflict Managers Program)」として知られている。

上記のように、CR教育プログラムは研究・非暴力・核戦争反対・地域裁判などさまざまな社会的ニーズから生まれている。4つのプログラムは現在もCR教育の中心的な役割を果たしている。しかしながら、CR教育の実際のインパクトなどに関する研究はいまだ十分ではない(Johnson&Johnson,1996)という批判もある。その理由として、上記の2)から4)の流れで開発されたプログラムは対立の理論や研究からでなく、理想的な社会モデルから発展したプログラムだからである。とはいえ、どのプログラムも「対立は、人間の成長や関係作りに必要でかつ重要な側面を持つこと」を前提として、活動を行っている。

2.CR教育の目的

 CR教育が広がる一方で、アメリカの教育政策はより狭義の学力(学校の教科から得る学力)を重視した方向に転換している。現在のブッシュ政権の教育政策の中心は「おちこぼれを作らない条例(No Child Left Behind ACT 2001)」であり、学校も統一テストの点数を上げることに必死になっている。
 20年以上、学校の中で実践されてきたCR教育もこの政策の中で成果を上げることが求められている。そのためにはCR教育が子どもの成長と学力向上に効果的であることを論理的に立証していく必要がある。そこで、現在行われているCR教育がめざす目的と期待される成果(評価軸)を整理したい(Jones, 2004)。

1)安全な学習環境の構築

1980年代後半から1990年代、アメリカの学校では薬物や暴力が大きな問題となっていた。1994年に議会は「安全で薬物のない学校とコミュニティの法律 1994」を制定し、教育省の中に「安全で薬物のない学校部門」を作った。それ以後、その部門は安全な学習環境をつくるプログラムを開発・実施・観察している。そのようなイニシアティブも、CR教育であるといえるだろう。この目的を重視するプログラムは下記のような成果を期待している。

・暴力の減少
・生徒間、特に人種、民族の異なるグループ間の争いの減少
・停学、欠席、退学などの減少

2)肯定的な学習環境の構築

教員や学校経営者は生徒にとって肯定的な学習環境がなければ学習は行なわれないことを知っている。つまり、肯定的な雰囲気、効率的な教室運営、そして子どもたちが意見や気持ちを安心して共有できる尊重された環境づくりが重要である。この目的に対しては下記の成果が期待される。

・学校・教室の雰囲気の改善
・個々が尊重された思いやりのある環境作り
・教室運営の改善
・教師がしつけにかける時間を削減
・生徒を中心にした規律を用いることを増やす

3)生徒の「社会的感情的成長」を促す

CR教育の究極の目的は子どもたちがよりよい大人になることである。学力だけではなく社会的、感情的な能力を向上させることにより、より幸せな人生を送り、社会に貢献することができる、と考えられている。この目的の達成は他の目的とも関連する。この目的を達成することができれば、下記の成果が期待される。

・多様な観点から物事を考えられる
・課題解決能力の向上
・感情への気づきと感情のコントロール
・攻撃的な態度と敵対的な姿勢が減少する
・学校や家、コミュニティで対立に対して肯定的な態度や姿勢が増加する

4)肯定的な対立のコミュニティ作り

肯定的な対立コミュニティを作るためには公正な社会の推進と提唱が必要である。肯定的な対立コミュニティの中では、人々が、そのコミュニティの問題と解決方法に対して責任を共有している。そのようなコミュニティでは、破壊的な対立は、みんなで取り組むべき問題と考えられる。この目的を達成することにより下記のような成果がもたらされる。

・学校行事や学校運営への親やコミュニティの関与が増える
・学校のCR教育とコミュニティのCR教育の関連性が強まる
・コミュニティの緊張と暴力が減少する

 このようにCR教育の目的と期待される成果は幅広く多岐に渡るが、「子どもたちが安全で安心して学べる環境を作ること」が共通する目的のひとつであろう。その目的は、技術や知識を得ることだけでは達成できず、学校や地域全体が取り組まなければならないプログラムであることがご理解いただけたかと思う。次章では、CR教育の具体的なアプローチと、その実践について考察したい。

参考文献
Association for Conflict Resolution. (2002). School-Based Conflict Resolution Education Program Standards. Washington, D.C.: Association for Conflict Resolution.
Deutsch,M.(1949). “A Theory of cooperation and competition.” Human Relations, 2, pp.129-152
Jones, T.S. (2004).“Conflict Resolution Education:The Field,the Findings, and the Future.”Conflict Resolution Quarterly, vol.22, no.1-2, Fall-Winter, pp.233-267
Johnson, D., Johnson, R. “Conflict Resolution and Peer Mediation Programs in Elementary and Secondary Schools: A Review of the Research.”Review of Educational Research, Vol.66, No.4.Winter, pp.459-506, 1996.


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