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1月 子どももおとなも癒される絵本とは?

<心に生きる1月の絵本>
『よあけ』
ユリー・シュルヴィッツ:作・画/瀬田貞二訳(福音館書店/1977)


子どももおとなも癒される絵本とは?
〔長年の親友Tさんが突然倒れて……〕

 このエッセイはできるだけ、「いま現在」の自分の気持ちを見つめて、わが身辺のことと同時進行で書きたいと思っているものですから、新年早々、私事ですがお許し下さい。

 先日、電話が入りました。30年来の親友が、暮れの31日に、突然倒れたというのです。救急車で運ばれて、クモ膜下出血と診断され、直ちに手術して、何とか一命はとりとめたとのことでした。クリスマス前に、友人の病気のことで相談の電話をかけてきた彼女と、久しぶりに長電話したばかりでしたから、にわかには信じられませんでした。

 もともと、娘の幼稚園で知り合った彼女とは、その後、子どもの本を楽しむ『ジルベルトの会』を家庭文庫を開く他の二人の女性と四人で始めた仲でした。とにかく面倒みのよい彼女には何かと公私ともに助けられていました。
 私が取材で地方に出かけていて、娘が入院することになった時、私の実家が全焼して老いた両親と同居し、父の病院への送り迎えや、私自身が足を骨折して治療に通う時、いつも、彼女が車で駆けつけてきてくれました。

 彼女は若い時から、病弱だった母親の健康を気遣い、つかず離れずでお世話してきたそうです。そのため結婚後も実家の近くに住んでいましたが、ご主人のお母様が倒れた時、それまで嫌な顔ひとつせずに自分を支えてくれた夫への恩返しだといって、ご主人のご両親と同居を決意しました。ところがややしてお母様を励ましていたお父様のほうがあっけなく先立たれてしまいます。残されたお母様の病状は日増しに悪化、彼女の奮闘もむなしく、終に、やはり見送ることになります。

 それが一段落すると、間もなく、今度は実家のお父様が倒れ、彼女は実家と自分の家庭とを往復しながら、自分の両親の看護、介護に明け暮れます。
 「柏原さんから言ってやって下さい。このままでは彼女の身が持ちません」
 ご主人から、電話でそんなことを言われた時も、私はどうしてやることもできませんでした。あの時、ご主人の言葉をもっと重く受け止めていたら……悔やんでみても後の祭りです。

〔ひとのために働くということ〕

 考えてみると、彼女は大学を出て、結婚して以来、家事に専念し、専業主婦に徹しながら、家族のため、「ひとのために働き続け」たのでした。
 私の娘と同い年のお嬢さんが、電話で「ママがいなかったら、私たち家族はどう動いたらいいのかわからない……」と言っていました。さいわい勤務先のご好意で、当分休職させていただいたお嬢さんは、いま、ママのために働いています。
 長年の母親の苦労を見てきたお嬢さんは、これまでもそれとなく母を気づかってきました。その優しさに加えて、たくましい女性に成長していました。

 話は跳びますが、たまたまTVを見ていたら、ニューヨークの同時多発テロで母親を失ったという黒人の消防士さんが、「母と兄が行方不明だったけれど、とにかく、いつも『ひとのために役にたつ人間になりなさい』というのが、母の教えでしたから、救助作業に加わり、まず仲間の救出をしていました。結果的に、後に兄は無事見つかりましたけれど……」と話していました。

 私は、自分はそのようなことをわが子に伝えてきただろうか?と考え込みました。元教師である私の両親からも、はっきりとしたメッセージとしては、そのようなことばを受け取っていません。言ってみれば、人間としては、ごくあたりまえのことを、あまり明確には教えなかったし、教わらなかったような気がしたのです。あるいは、軍国主義の否定、全体主義の拒否から始まった戦後の民主主義教育が、見落としてきたもののひとつだったかもしれません。それとも、宗教との関係でしょうか。

 前回この頁で、クリスチャンの義父のことばとして、結局、「ひとのためには、祈ることしかできない」と記しましたが、いまはそのことばを改めて噛みしめながら、私も、ひたすら、彼女の全快を祈っています。
 しかし、もし彼女の心を癒すことができるとしたら、その時がくるのを待って、私の大好きな1冊の絵本を持って、会いに行こうと考えています。そして、もし望まれれば、心をこめて、静かに、彼女のために朗読したい。今度は私が恩返しをしたいのです。

 実は、そんな1冊が、私の長年の愛読書にあります。
 それが、ユリー・シュルヴィッツの『よあけ』なのです。


心に生きる1月の絵本
『よあけ』ユリー・シュルヴィッツ:作・画/瀬田貞二訳(福音館書店/1977)

 というわけで、今月は、先月にも少しふれた、この絵本をご紹介します。私が最初に出会ったシュルヴィッツの絵本は、この『よあけ』でした。その表紙の装丁や絵からして、まず、美しいと思いました。瀬田貞二先生の訳ということも、安心して手にとった理由の一つでした。
 なにしろ、かの『指輪物語』(トールキン作/評論社)の翻訳者であり、『幼い子の文学』や『絵本論』など、児童文学論の優れた著者です。ご自宅で奥様と子どもたちのために家庭文庫を開かれていたそうです。お仕事も、人柄も多くの方から敬愛されている先生の訳である絵本を見つけた喜びで、私は心が震えました。

<おともなく、>

<しずまりかえって、>

<さむく、しめっている。>

 白い頁の中央に描かれた、青くくすんだ楕円形が、1頁ごとに少しずつ大きくなり、1行ずつの短いセンテンスが、3頁目でやっと結ばれます。
 こんなにも、静かに、しかも美しい色彩で始まる絵本を知りませんでした。もちろんいまも、他に例を知りません。
 青い楕円形は山奥の小さな湖でした。かたわらに一本の木があります。良く見ると、その木の根元に、おじいさんとまごが毛布にくるまって、眠っています。
 やがて月が出ます。見開きいっぱいに照らしだされた湖の絵が4頁続きます。

<つきが いわにてり、 ときに このはをきらめかす。
  やまが くろぐろと しずもる。>

 <うごくものがない。>

 <あ、そよかぜ……>
 <さざなみがたつ。>

 <しだいに、ぼおっと もやがこもる。>

 こうして、静かに夜が明け、こうもりや蛙や鳥が動きはじめて、おじいさんとまごは目を醒まし、水をくんで、火をたくと、寝ていた毛布を丸めて、小さなボートを押し出し、湖に漕ぎ出していきます。そうして、山と湖が緑に輝き、太陽が山の端から顔を出すまでを、淡々と語って、物語は終わります。
 最後の頁、まるで、その太陽に向かっているかのように、1艘の小舟を漕ぐ二人の小さなシルエットが描かれています。まさに、希望の朝、“夜明け”です。

〔お見舞いに持っていく一冊〕

 この絵本を手元に置くようになってから、不思議なことが起こります。仕事に疲れた時や、精神的にとてもつらい時、私はしらぬまに本棚の前に立ち、いつのまにか、この美しい絵本を開いているのです。つぶやくように、声に出して読んでいることもあります。なぜか、ほんとうに心が落ちつくのです。満たされたような気持ちになって、頁を閉じると、やすらかに眠りにつけるのです。

 それ以来、子どもだろうとおとなだろうと、病気で入院した友だちのお見舞いには、この絵本を持っていくことにしています。人生の場面で大変な状況にいる友だちにも、プレゼントします。時には読んであげることもあります。
 必ず夜がきて、必ず朝になるということは、人間にとって、この上ない救いである。そんなことばを思い出します。

 後に、『冒険者たち』(岩波書店)の作者、斎藤惇夫さんが、実はこの本の編集者だったと聞きました。そして、子どもだった息子さんに読んでやったこと、その時はあまり反応がないと思ったのに、十数年後、一時記憶すら失った病の床で息子さんが思い出したのが、まぎれもないこの絵本だったことなどを伺いました。

 子どもに読んでやった本の感想を強要するのは間違いだと、また、感銘を受けた本については何も語りたくないことが多いこと、それほどに1冊の絵本が子どもの心の深いところにしみることを、教えられました。そして、おとなも子どもも、1冊の絵本に心を癒され、救われる、ということを確信したのでした。
 1999年現在、この絵本は第29刷となっています。うれしくなります。


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