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5月 子どもと共に生きること

<心に生きる5月の絵本>
 『にぐるまひいて』 
ドナルド・ホール文/バーバラ・クーニー絵 (もぎかずこ訳/ほるぷ出版)


子どもと共に生きること

 友人の娘さんが結婚し、出産、育児と働きながら奮闘しています。友人も自身の親の介護をしながら、娘さんのSOSのたびに応援に駆けつけているようです。

 ひとがこの世に生を受け、子ども時代を過ごし、やがて成長して結婚し、ひとの子の親となる。これは、ごく自然な流れといっていいでしょう。まさに、命から命へのバトンタッチが行われるのです。もちろん、すべてのひとがそうなるとも、そうあるべきだともいうのではありません。しかし、それは、特別なことではなく、多くの生物のたどる道筋ではあります。その中で、人間はその過程を認識し、「子ども」という存在についても、人類の歴史の中で、意識的に考えてきました。

 だから、他の生物よりも優れているとは、必ずしもいえないかもしれませんが(なぜなら、私たちはよく動物の子育てから大切なことを学ぶことがありますから)、とにかく、そうしたありようが、人間の特性だといえましょう。

 かつては、子どもは人間として未熟なもので、おとながこれを導き、教えて成人させなければならないという考え方が主流でした。たしかに子どもは保護し、育てなければなりませんし、社会的にも、ひととしての人生体験は少ないことは事実です。ただ、ここで間違えてならないのは、だからといって[人間]としての価値が劣るわけではなく、その命としての重み、かけがえのなさにおいては、おとなも子どももないということです。

 「子どもの権利条約」などをいうまでもなく、それは、私たち自身が、しばしば子どもによって多くのことを知り、目を開かれるというごく日常的な体験を考えればすぐわかることです。それをなぜ、この新しいシリーズの初めに、改めて申し上げるかといえば、このことを、私たちは時として忘れがちだからです。つまり、自分の子であれ、他人の子であれ、「共に生きる」ということなくしては社会の存続もありえません。私たちは、そういう人生を無意識のうちにも生きるわけです。

 ですから、私たちが子どもについて、あるいは保育、育児、教育について考えるとき、それは、「自分自身がどう生きるか」ということを考えることに他ならないのです。

 まず、このことを再確認したうえで、現実の問題を考えていきたいと思います。できるだけ、私自身の体験をふまえて、次回からは具体的なことについても触れていきたいと思っています。


[心に生きる5月の絵本]
ドナルド・ホール文/バーバラ・クーニー絵
『にぐるま ひいて』(もき かずこ訳/ほるぷ出版)

 親が精一杯生きているのと同じように、子どもも精一杯生きています。今月のエッセイで「子どもと共に生きること」と書きましたが、それは、互いに支え合い、響き合いながら、生きていくことを意味します。

 「10月 とうさんは にぐるまに うしをつないだ。」この物語は両親と娘と息子の一家4人が一年かけて育てたり、作ったりしたものを町まで売りに行くところから始まります。とうさんは最後には、別れをおしみつつも手塩にかけて育てた牛まで売ってしまいます(この絵本を読んでもらった3歳の男の子が、「牛も?」と驚いたそうです)。

 そうして、生活に必要な物と材料、それに少しのお土産を買って家に戻り、また第一歩から始めるのです。冬には家族がそれぞれに家の中でできる手作業をし、春には、これも家族総出で農作業や、羊の毛を刈り取ったりします。

 そのようなたゆみない暮らしの持続を、豊かでかぐわしい自然の中に描いていきます。日本語版の冒頭の献辞にある「人びとの生活と自然のために」ということばそのままに、19世紀初頭のアメリカのある家族の姿を、クーニーの美しい絵で静かに展開します。

 ドナルド・ホールは自作の詩を朗読しながら旅する詩人として知られるようです。彼のことばによると、このお話は従兄弟から聞いたもので、その従兄弟は幼い日にある老人から、その老人も子どものころ大変なお年寄りに聞いたそうです。語り継がれた伝統のすばらしさと、そのようにして人々が生きていたことへの讃歌を、彼もまた(そしてクーニーも)、次の世代に伝えたかったのでしょう。

 いうまでもなく、このような日常をそのままに過ごすことは、少なくとも現代の日本では、ほとんど不可能に近いですし、また、その形がすべてではないでしょう。しかし、そこから、その心として、私たちが見落としている貴重なものを、メッセージとして受け止めることができると思います。

 この絵本は、1980年にカルデコット賞を受けています。同年、日本で出版されました。


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