●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●


米国NICHD「保育ケアと子どもの発達との関連に関する研究」の意義
浜松医科大学 安梅勅江

1. はじめに
 長時間、夜間など、日本における多様な保育サービスへのニーズは高まる一方である。子どもの「健やかな発達」が保障され、かつ保護者が安心して預けられる質の高い保育サービスが拡大するよう、誰もが願ってやまないところである。

 しかし一方で、「どのような保育サービスの質を確保すれば子どもの健やかな発達が保証されるのか」については、実証データに基づいて科学的な根拠を得ることは容易ではない。なぜならば、多くの子どもたちを数年にわたって追跡し、子どもたちの「健やかな発達」の状態を、「きちんと」評価できる指標を用いて証明する必要があるからである。

 子どもたちの「健やかな発達」とは何か? その年代の子どもたちの平均的な発達の状態を基準にした粗大運動、言語発達などの標準値に達していればいいのか? 「問題行動」が少なければいいのか? その問題行動とは誰にとって何が「問題」で、本当に「問題」と判断できるものなのか? 就学前レディネスが入学して困らない程度になっていればいいのか? 科学的な指標で測定することが難しい、他の子どもへの思いやり、のびのびとした意欲、新しい事態への適応性、精神的な安定性、幸福感、新しい物事への興味、創造性などは、「健やかな発達」のきわめて重要な要素ではないのか? 「健やかな発達」を測る「ものさし」自体に、疑問は尽きない。子どもの発達をとらえる場合には、つねにさまざまな限界のあることを認識しておく必要がある。

 それを踏まえつつも、「どの範囲のことを検証したのか」を明確にしながら、科学的な根拠を積み上げることは、人類のたゆまぬ進歩に貢献してきた原動力である。ここでは米国NICHD(National Institute of Child Health and Human Development, 国立子どもの健康と人間発達研究所)が発表した貴重な研究成果を紹介しながら、その意義について概説したい。

2. 米国NICHDの保育ケアと発達に関する研究成果
 米国NICHDは、子どもの発達への保育ケアの影響について、1000人以上の子どもの54か月にわたる追跡研究を実施し、最近4つの論文(「就学前保育ケアと子どもの発達」*1、「保育ケアの質が子どもの発達に及ぼす直接的・間接的な影響」*2、「保育ケアの量が子どもの社会情緒的な適応に及ぼす影響の詳細」*3、「保育ケアの種類と54か月時点の子どもの発達」*4)を発表した。原文の「Early Child Care」には、母親による育児、父親や祖父母、親戚などによる育児、他者が自宅に来て子どもをみる家庭保育、他者の家庭で子どもをみる在宅保育、保育園における保育サービスまでを含むため、ここではさまざまな形態の子どもの育ちを保つ世話(ケア)を総合した表現として「保育ケア」という言葉を使うことにしたい。

 4つの論文の内容を総括すると、家族の属性などの数多くの変数を調整した後にも、子どもの発達は保育ケアによって予測することができる、ということである。すなわち、質の高いケアが得られれば、あるいは経年的にみてより質の高まっていくケアが得られれば、また保育園における保育サービスの利用は、54か月時点で就学レディネス(pre-academic skills)や言語能力(language performance)が高くなっていた(図1参照)。

 また長時間(週30時間以上)にわたる母親以外の保育ケア(父親・祖父母・親戚による育児、家庭保育、在宅保育、保育園における保育サービスを含む)は、保育者(caregiver)の訴える子どもの問題行動が増加していたものの(図2参照)、母親(Mother)の訴える子どもの問題行動にはまったく影響していなかった。

 保育ケアによる影響と、これまでよく論じられてきた保護者のかかわり(parenting)、貧困の影響は同程度であった(図1、図2)。
 これらの結果から、保育ケアの質、量、保育ケアの種類(母親・父親・祖父母による育児、家庭保育、在宅保育、保育園における保育サービス)が、就学前の子どもの発達に比較的独立に重要な役割を果たすことが明らかにされたとしている。

図1 子どもの就学レディネスと保育ケアの質、家庭でのかかわりの質、
収入との関係
図1 子どもの就学レディネスと保育ケアの質、家庭でのかかわりの質、収入との関係

図2 子どもの問題行動と母親以外の保育ケア時間、家庭でのかかわりの質、
収入との関係
図2 子どもの問題行動と母親以外の保育ケア時間、家庭でのかかわりの質、収入との関係

*「家庭でのかかわりの質(Parenting Quality)」と「保育ケアの質(Child Care Quality)」は、全体の分布を3等分して低値群、中間群、高値群とした。「母親以外の保育ケア時間(Child Care Quantity)」は、週に10時間未満を低値群、10時間から29時間を中間群、30時間以上を高値群とした。「家族の収入(Family Income)」は、米国基準の最低必要収入レベル値以下を低値群、最高値からそれと同じ割合を高値群、その他を中間群とした。

*「収入」については、そもそも数多くの変数と関係しており、調整する変数によってはリスクとしての意味合いが消えてしまうため、限られた変数による調整を行うこととした。そのため「保育ケアの質」と「母親以外の保育ケア時間」も、すべての変数により調整を行ったもの(保育ケアの質1、母親以外の保育ケア時間1)に加えて、限られた変数による調整を行ったもの(保育ケアの質2、母親以外の保育ケア時間2)を計算して、収入による影響の大きさと比較できるようにした。

3. NICHD研究の意義と今後の日本における展開
 保育ケアは、最も文化・社会的な背景要因の影響を受けやすい領域のひとつである。
 米国では、子どもは一個の人格として、かなり早期から「言語による自己主張」を促す働きかけが積極的になされる。逆に日本では、むしろ「和」や「思いやり」といった、言葉によらなくても「感じとる心」を重視した働きかけが望ましいとされる傾向が強い。おのずと両文化の間で、「問題行動」と捉えられる内容は大きく変わってくる。

 また米国では、家庭保育、在宅保育、保育園における保育サービスは、基本的に利潤を求める「営利業」として利用者に受け止められており、いわゆる「福祉」の一環として利益追求カラーの薄い日本の捉え方とは大きく相違している。米国では自由裁量の部分が多いために、保育サービスの方法も質も日本の認可保育園に比較して千差万別である。NICHD研究では、ある尺度を用いて測定した「保育の質」を加味した分析を行っているが、そもそもの原点が違う日本と米国では、保育の質の尺度やこれらの成果をそのまま適用するには大きな限界がある。

 我々の日本での4000名におよぶ長時間保育(一日11時間以上)と通常保育(11時間未満)の子どもとの比較研究では、3年後の子どもの発達に保育サービス利用時間の長さはまったく関係せず、むしろ家庭での育児の質や保護者に対する子育てサポートの有無が、関連するさまざまな要因を統制しても強く影響することが明らかにされている。

 NICHDの研究成果は、経年的な変化を加味する統計的な方法論など、多大な示唆を与えるものである。大いに参考としながら、日本独自の研究の進展が必要であろう。さらにその成果を世界に向けて発信し、人類にとっての子育てのあり方をグローバルな視野で問い続け、「知の蓄積」に貢献していくことを心から期待するものである。*5 *6

注釈:
*1 NICHD Early Child Care Research Network. (2001, April). Early Child Care and Children's Development Prior to School Entry. Paper presented at the biennial meeting of the Society for Research in Child Development, Minneapolis, Minnesota.

*2 NICHD Early Child Care Research Network. (2001, April). Structure-> Process -> Outcome: Direct and Indirect Effects of Caregiving Quality on Young Children's Development. Paper presented at the biennial meeting of the Society for Research in Child Development, Minneapolis, Minnesota.

*3 NICHD Early Child Care Research Network. (2001, April). Further Explorations of the Detected Effects of Quantity of Early Child Care on Socioemotional Adjustment. Paper presented at the biennial meeting of the Society for Research in Child Development, Minneapolis, Minnesota.

*4 NICHD Early Child Care Research Network. (2001, April). Type of Care and Children's Development at 54 Months. Paper presented at the biennial meeting of the Society for Research in Child Development, Minneapolis, Minnesota.

*5 安梅勅江『長時間保育が3年後の子どもの発達に及ぼす影響に関する研究』2001年、三菱財団報告書

*6 安梅勅江、呉栽喜『夜間保育サービスの子どもの発達に及ぼす影響』日本保健福祉学会誌7(1)、2000年

このページのTOPに戻る

Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.