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第二章 教師観の形成

 前章において,教職志望の学生の向学校文化的なこれまでの学校生活と,一般的な教師像と重なるパーソナリティを有していることが明らかになったが,本章では,教職志望学生のそのような特性を踏まえた上で,彼らの教師観の形成過程について検討する。


1. 学校生活から形成された教師像
 学生の教師観形成にはそれまでの学校生活を通して出会った教師の影響が多分にあると思われる。特に,学生が目標とする教師像については,彼らが生徒の立場から好印象を持った教師の影響を受けていることは容易に想像できよう。よってここではまず,学生が生徒の立場から,どのような教師と出会い,どのような印象を持ったのか,また彼らが職業としての教師をどのような存在として捉えているのか,という点を明らかにすることで,教職志望学生にとっての「教師」のあり方を考察する。

(1) 好感を持つ教師との出会い
 まず,「過去に『いいな』と思った学校の先生はいましたか」という質問についての教職志望学生の回答傾向をみてみよう(カッコ内は非教職志望者)。小学校段階では,80.0%(72.4%),中学校段階では70.7%(63.9%),高等学校段階では84.3%(74.6%)が「いた」と回答している。つまり,教職志望の学生の方が非教職志望の学生に比べて,過去に「いいな」と思った教師と出会っている割合が高いことがわかる。
 以下では,教職志望の学生が「いいな」と思った教師とは具体的にどのような教師だったのか学校段階別に見ていくことにする。ここでは調査票中の「(いいなと思った)その先生はどんな先生でしたか。特に当てはまる項目1つに,各学校段階ごとに(中略)お答えください」1)という項目の調査結果を利用する(カッコ内はその割合)。
  • 小学校は生徒と向き合える教師
    小学校段階では「子どもの話をきちんと聞いてくれる先生」(25.8%),「ユーモアがある先生」(21.4%)という項目への支持が高い。続いて「いけないことをきちんと叱ってくれる先生」(15.3%)「休み時間や放課後一緒に遊んでくれる先生」(13.9%)と続き,生徒と向き合うことのできる教師に対して好感を持ったことが示されている。

  • 中学校は思春期の生徒をコントロールできる教師
    中学校段階でも「子どもの話をきちんと聞いてくれる先生」(16.4%)「ユーモアがある先生」(16.4%)という回答がもっとも多く,続いて「子どもの自主性を尊重してくれる先生」(12.6%),「生き方のモデルになるような先生」(10.3%)と,子どもと大人の間で揺れ動く思春期の中学生に対して必要な対応のできる教師への支持回答を見ることができる。

  • 高校は進路選択の指標になる教師
    高等学校段階では「幅広い知識を持っている先生」(22.6%),「勉強で分からないことがあるとわかるまで教えてくれる先生」(9.6%)など,教師に対して教科指導力を求めていることがわかる。本調査が大学生を対象としていることから,回答者の多くが高校時代に大学受験を意識していたことがこの結果に表れているのだろう。同時に,「生き方のモデルになるような先生」(11.6%)という回答もあり,進路選択やこれからの人生の指標となるような人間性を持った教師を支持する声も多く見られ見られた。
(2) 求められる教師像
 前述したように,教職志望の学生が「いいな」と思った教師の特性は学校段階により大きく異なる。このことは,生徒の発達段階に応じて,求められる教師像が変化することを表している。
 次に教職志望の学生が各学校段階にどのような教師が適切だと考えているのかという点を考察する。調査票では,各項目について,2つの選択肢から「『あえて言えば』どちらがいいと思いますか。」と,なるべく直感で回答するように指示をしている。各学校段階ごとに,教師の性別(男・女),経験(若手・ベテラン),指導タイプ(教科指導・生活指導),性格(優しい・厳しい)と4項目2)について調査しており,ここから,教職志望の学生が各学校段階において,どのような教師が適切であると考えているのかを明らかにする。

1) 性別
 まず,教職志望の学生に対して各学校段階において,どちらの性別の教師がいいと思うかを質問した(図2-1)。小学校では,女性教員への支持が6割を越えるのに対し,中学・高等学校では男性教員への支持が7〜8割となっている。

2) 経験
 次に,「若手の先生」と「ベテランの先生」ではどちらがいいと思うかを学校段階別に質問した(図2-2)。子どもとの触れあいの多い小学校では若手の教師が支持され,中学・高等学校と進むにつれ次第にベテランの教師が支持を集める。中学・高等学校では教科指導は勿論のこと,生徒の進路決定にまで深く関わることから,より人生経験の豊富なベテラン教師が支持されているものと思われる。

3) 指導タイプ
 教師の仕事は様々にあるが,その中でも生徒への指導は特に重要な職務である。指導には大きくわけて2つのタイプがある。授業を中心とする「教科指導」と生徒の生活全般にかかわる「生活指導」である。この両者は共に教師の重要な仕事であるが,各学校段階によって,どちらに重きを置くかは異なってくる。図2-3からは,小学校における教師の役割を教科指導よりも生活指導が中心であると考えていることがわかる。中学校では教科指導・生活指導が半々でありバランスよくどちらの指導もなされていると認識されているようである。高等学校段階では,生活指導よりも教科指導を重視していることがわかる。これは学生にとって高等学校が受験を意識する場であることを表していると言えよう。

4)性格
 教師には「優しい」教師もいれば「厳しい」教師もいる。それぞれに良さがあり,時と場合によって,どちらの態度をもとるのが常であろう。では「あえていうなら」教職志望の学生は,どのような教師を好ましく感じていたのだろうか。図2−4からは,「厳しい」教師よりも「やさしい」教師を支持する回答が多く見られた。特に小学校段階での割合が高く,教職志望の学生が小学校における教師の役割を他の学校段階と若干異なるものと認識していることがうかがえる。また中学校・高等学校では一定数,厳しい教師を支持する群が存在する(中学校50.4%,高等学校38.0%)。これは不安定な思春期をある程度の厳しさをもって指導することの有用性を認識しているものと考えられる。

 以上の結果から,彼らが過去に「いいな」と感じた教師像と,求められる教師像がほぼ一致していることがわかる。教職志望の学生にとって「教師」という職業は,各学校段階における被教育者の発達段階に応じた指導を行う者なのである。彼らは各学校段階において求められる教師像の違いを明確に認識しており,それこそが彼らがこれまでの学校生活から学びとった学校段階別の教師文化であるともいえる。よって彼らが教師となった場合に身につける教師文化は,既に過去の学校生活を通じて培われてきた教師観から継承されていると言い換えることもできるだろう。


2. 実習経験による教師像の変化
 教育実習は教職課程を履修する学生にとって教職への適性を自ら判断する機会として大きな意味を持つ。教壇に立ち子どもと接する中で教師の職務に対する新たな視野を持ち,それまで大学で学んできた「教職論」とは違う,実際の現場の難しさや教職の素晴らしさ等を体験する。同時に現場の教師との関わりの中で,様々な教師文化に触れることになる。
 ここでは教育実習を経験することによる学生の教師観の変化を教師の「人間性」と「指導面」に分けて見ていく。なお一部の調査結果を教職志望の有・無,実習経験の有・無,という4つのカテゴリーに分けて考察することで,教育実習を経験し教師文化に適応していく過程と,教職志望者にみられる現場サイドと,非教職志望者の一般サイドとの意見の差を明らかにする。

(1) 教師の人間性
 教師の仕事には,教科指導,校務分掌,生徒指導など様々なものがある。それらをきちんとこなす事が求められることは当然であるが,それ以上に教師に優れた人間性を求める傾向が見られる3)
 まず人間性,すなわちパーソナリティレベルでの教師文化について,「現場の先生は愛情豊かな人が多い」(図2-5),「現場の先生は,人間的に優れた人が多い」(図2-6)という調査項目の分析を通して考えてみたい。
 この2つのグラフによると,教育実習未経験の段階では,教職志望者が非教職志望者に比べて肯定的な回答傾向にあることがわかる。最も現場サイドに近い意見を持つと考えられる教職志望者でかつ実習経験者の意見と,その対極にある非教職志望者でかつ実習未経験者の意見の差を見ると,「現場の先生は,愛情豊かな人が多い」という項目では,「とてもそう思う」「まあそう思う」と答えた割合が,それぞれ実習経験者64.9%,実習未経験者38.1%と大きく違う。「現場の先生は,人間的に優れた人が多い」という項目の回答傾向も同様である。ここから教師の人間性に関しては,一般サイドと現場サイドの教師観に大きなズレがあることが示されている。
 では,教職志望学生は彼ら自身が教師になった場合に人間的魅力のある教師になれると思っているのだろうか。図2-7をみると,教職志望者で「自信がある」(「とても自信がある」+「まあまあ自信がある」)と答えた割合は,教育実習前の37.2%から実習後には48.9%と増えている。非教職志望者志望者の実習経験による変化についても同じ傾向が現れており,教育実習を経験することによって若干ながら教師になった場合の人間的魅力に自信をつけていることがわかる。







(2) 教師の指導力
 次に,指導力について考えてみたい。教育実習を通して学生は教科指導,生徒指導などを経験する。教師にとって「指導」は職務の中心であり,教師文化について考える際,指導に関する教師文化を無視することは出来ない。
 ここでは,学生が教師の指導力に関してどのような意識をもっているのかを明らかにしていく。

1) 教科指導
 将来教師になった場合「わかりやすい授業をする」ことに自信を持っている割合は教職志望者で39.4%(「とても自信がある」+「まあまあ自信がある」,以下同),非教職志望者では48.5%である。また「幅広い知識を持つ」ことに自信を持っている割合も教職志望者で31.9%,非教職志望者では36.2%であり,こちらも非教職志望者の方が自信を持っていることがわかる。この結果から,教職志望者が教科指導に自信がない様子がうかがえる。
 一方で,現場の教師に対する意見を見てみると,現場の教師が「幅広い知識をもっている」という項目に関して「とてもそう思う」と「まあそう思う」という回答は教職志望者で66.2%,非教職志望者では56.9%となっている。つまり教職志望者は自らの教科指導力には自信を持てずにいるが,現場の教師の指導力については肯定的な評価をしていることがわかる。指導力が教師の専門職としての指標の一つと考えるならば,「指導力」に関しては,教職志望段階での無意識的な教師文化の維持・継承はなされていないことがわかる。

2) 子ども理解
 子どもの気持ちを理解することなしに,適切な指導が行い得ないことを考えると,子どもの気持ちを理解することが出来るか否かということは教師にとって大変重要な問題である。ここでは個別アンケートなどの意見を参考にしながら,「子どもの気持ちを理解すること」に関する質問項目の分析を行う。



 調査では「子どもの気持ちを理解すること」に関しては,実習経験の有無を問わず教職志望者全体で68.6%が「自信がある」と答えている。「どちらともいえない」という選択肢があることを考えると,非常に高い割合である。また教職志望者の教育実習後に限ってみると,「あまり自信がない」と答えた割合は6.5%に過ぎない(図2-8)。
 教職志望者へのアンケートからも,「40人の子ども一人一人に目を向けるのは不可能に近い」(教職志望・大学2年)という認識をもちながらも,それでもなお,児童・生徒の親や他の教員の協力を得ながら,「信頼関係を築いていこうという姿勢は大切」(教職志望・大学2年)であり,そのための努力を常にしていかなければならないと考えている姿が浮き彫りになった。また「生徒に言うことを聞かせようとか,素直な子にしようという思い込みからくる行動も,抑えたほうがいいと思う。」(教職志望・大学1年)といった,子どもと対等な立場で接することの必要性を指摘する声も多く,「難しいことではあるが子どもの気持ちを理解し,子どもと信頼関係を築こうとする姿勢がある者だけが教師になるべきだ」という意見も多かった。
 教職経験者への個別アンケートでも,「生徒の中には大人や教師への不信感を強く持っている人も多く,その不信感から心を開かせ信頼関係を築くのは,言葉でいうよりも何倍もの忍耐と努力が必要。しかし,その信頼関係を築いていくことが教師の醍醐味である」(高校教諭・女性),「基本的に生徒は信頼すべき存在です。心に色々ある生徒でも時間をかけて誠実に接していけばわかりあえるものです。もしそのことが信じられなくなったら,その教師はやめるべきなのでしょう」(中学教諭・男性)という意見がみられ,子どもの気持ちを理解できるか否かは,教職の意味を問うような重要な要素であると考えられていることがわかる。
 多くの調査項目において,教育実習経験後には自信が増大する傾向にある中で,「子どもの気持ちを理解することに自信がある」という項目だけは,非教職志望者の自信が低下している。また,非教職志望者には「全然自信ない」とする者がわずかながらいる一方で,教職志望者には全くいないことからも,この項目に関する教職志望者の自信の高さが目立つ結果となった。つまり教職志望者にとって「子どもを理解できる」という自信が教職志望への原動力となっていることがうかがえる。

(3) 教師文化の継承
 以上みてきたように,教職志望学生による教師文化の継承には様々なパターンがあることが推測される。すなわち,世間一般が教師に期待する「熱心さ」「まじめさ」を有し,「子どもを理解する」存在であるという,パーソナリティレベルでは,教職志望学生の段階ですでに教師文化に近いものを有していることになる。つまり教師文化の継承が意識的,無意識的にであれ教職に就く前の段階でなされていることがわかる。一方,教師の専門性を示す「教科指導力」に関しては,非教職志望者の方が自信を有していることからも,大学における教職課程の履修によって自信をつけるというよりは,現場に出てから研鑚を積む分野であるという意識があることがうかがえる。個別アンケートなどで見られた学生達の教職志望理由が「教師は一生勉強を続けられる職業である」ことに集中していたことからも,「勤勉さ」という教師文化は教職志望学生の段階において既に獲得されているとも言えるだろう。
 同時に「教師は『専門的知識』よりも『優れた人間性』を必要とする職業だと思う」と答えた割合(「とてもそう思う」+「まあそう思う」)が教職志望者では85.7%にのぼることからも,知識量や指導力といった教職の専門性よりも,その人間性に教職としてのあり方を求める教職志望者の姿が浮き彫りとなった。


1) 選択肢に関しては,巻末の「付録1」を参照。
2) 実際の調査には5項目ある(付録1を参照)
3) 「大学生の教師観調査」において,「教師は優れた人間性が必要である」と答えた割合は79.5%(「とてもそう思う」+「まあそう思う」)。


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