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第三章 学生の教職観

 本章では,教職志望で,教育実習を経験している学生(以下「教職志望・実習経験」)と,教職を志望せずに,教育実習も経験していない学生(以下「非教職志望・実習未経験」)の教職に対する意識のギャップを示す。それにより,教職志望学生の教師文化への親和性を示すことができるだろう。また,教育実習で現場に触れることによって,学生の意識がどのように変化するのかも検討し,現場に触れることの意味についても考察してみたい。


1. 学生間の意識のギャップ
 学生を「教職志望・実習経験」,「教職志望・実習未経験」,「非教職志望・実習経験」,「非教職志望・実習未経験」という4つのカテゴリーに分けた際,最も意識のギャップが表れるのが,「教職志望・実習経験」と,「非教職志望・実習未経験」グループの間である。
 「教職志望・実習経験」の学生は,教師に対する見方が好意的であるといえる。「現場の先生は,自分なりの教育観を持って教育活動をしていると思うか」という質問に対しては,8割近くの学生が「そう思う」と答えている。それに対し,「非教職志望・実習未経験」の学生は,4割ほどしか「そう思う」と答えていない。「現場の先生は,学級運営にあたりリーダーシップを発揮していると思うか」という質問に対しても,「教職志望・実習経験」の学生の7割強が肯定的に答えているのに対し,「非教職志望・実習未経験」の学生においては,肯定的な答えは3割に満たない。このような差は,なぜ生じるのだろうか。

(1) 教職志望学生と,非教職志望学生の意識の差
 まず,もともと教師に好意的な学生が,教職を志望しているのではないかと考えることができる。彼らは,現場を体験しなくとも,もともと教職に対して良いイメージを持っている(表3-1)。


 例えば,「今の先生方は,生徒に対してこまやかな気配りを十分にしていると思うか」という質問に対し,教職志望学生は,肯定的に考えている割合(「とてもそう思う」+「まあそう思う」の割合)が48.5%なのに対し,非教職志望学生は30.1%である。「今の先生方は,保護者からの信頼を十分に得ていると思うか」という質問に対しても,教職志望学生は,肯定的に答えた割合(「とてもそう思う」+「まあそう思う」の割合)が50.3%で,非教職志望学生の30.2%を上回る。また,「現場の先生は,自分なりの信念を持って教育活動をしていると思うか」という質問に対しても,教職志望学生では,肯定的に答えている割合(「とてもそう思う」+「まあそう思う」の割合)が69.3%と,高い数値を示しており,非志望学生の47.1%を上回る。
 教職を志望する学生が教師に対して親和性が高いのは,当然のことともいえるが,その背景には,親が教師であったり,尊敬できる教師との出会いがあったことなどが考えられるだろう。そういった中で,教職への肯定的な見方が培われてきている可能性もある。

 例えば,座談会では教職への動機として「(教師の)親を見ているから,大変さは分かりますが,それ以上にやりがいがあるから。」(教職志望・男子2年)といった意見や,「中学のころの先生が,人間的に尊敬できて,先生に対する印象が変わりました。それで,こんな先生になれれば,と思って。」(教職志望・女子1年)などの声が聞かれている。
 座談会で意見を述べてくれた学生も,4人のうち2人が教師の親を持つ学生であった。親が教師であることによって,職業モデルが身近にあることが学生の職業選択に影響しているといってよいだろう。

(2) 実習経験を経た上での,教職志望学生と,非教職志望学生の意識の差
 学生が教育実習を経験すると,教職を志望していない学生でも,全体的に教職への見方が肯定的に変化することが今回明らかになっている。しかし,実習経験済みの学生の中の教職志望学生と,非志望学生を比較してみると,ここでも教職志望学生の教職観が,非志望学生よりも肯定的であることがわかる(表3-2)。


 例えば,「教師は生徒に対して,こまやかな気配りをしていると思うか」という質問に対して,「教職志望・実習経験」学生で,「とてもそう思う」「まあそう思う」と答えた割合(以下,肯定的に答えている割合)が62.3%であるのに対し,「非教職志望・実習経験」学生は47.6%と,教職志望学生に比較すると少ない。「教師は学級運営にあたり,リーダーシップを発揮しているか」という質問に対しても,「教職志望・実習経験」学生で肯定的に答えている割合が72.1%であるのに対して,「非教職志望・実習経験」学生では,46.8%にとどまる。また,「現場の教師は保護者からの信頼を十分に得ているかと思うか」という問いに対しては,「教職志望・実習経験」学生で肯定的に答えている割合が54.2%であり,「非教職志望・実習経験」学生の46.0%を上回る。「教師は信念を持って教育活動に臨んでいると思うか」という質問に対しては,「教職志望・実習経験」学生の78.7%が,肯定的に答えているのに対し,「非教職志望・実習経験」の学生でそう答えているのは,63.4%である。
 次節で詳しく述べるが,実習を経験することで学校現場への評価が好転するにもかかわらず,教育実習を体験しても,もともと教職を志望している学生のほうが,教職に対する見方が肯定的である傾向は変わらないのである。
これらの事実から,教職志望学生が,もともと教師文化に適応しやすいハビトゥス1)を持っているのではないかと考えられる。それがどのようにして形成されるのか,今後の調査・研究が待たれるところである。

2. 実習前後での意識の変化
 教職志望であるかないかに関わらず,学生が実習を経験するとより教師に対して好意的になり,教職に対する認識も変化するということが言える。例えば,どのように変化するのだろうか。

(1) 実習を通じた学生の意識の変化
 実習を経験すると,教職を志望するか否かに関わらず,教職に対する見方がより肯定的になる。前節で挙げたような質問項目に対する考え方も,実習経験のある学生とそうでない学生との間には,明らかな差が見られる。
 例えば,「教師は信念を持って教育活動に臨んでいるか」という質問に対し,肯定的に答えた(「とてもそう思う」+「まあそう思う」)学生は,教職志望学生において,実習を経験しない学生が47.6%であるのに対し,実習を経験した学生では78.7%にのぼる。また,非教職志望学生では,実習を経験しない学生では肯定的であるのが41.1%なのに対し,実習を経験すると63.4%の学生が,肯定的に答えている(図3-2)。


 上記の例のように,教職を志望する学生も,教職を志望しない学生も,実習を経験することで,意識が大きく変わると言ってよい。
 他にも,現場に触れることで認識の変わるものとして,教師の仕事・働き方に対する考え方がある。「教師には教科指導以外にも仕事が多いと思う。」という質問に対し,肯定的な回答(「とてもそう思う」+「まあそう思う」の割合,以下同)が,実習経験の無い学生では58.1%であるのに対し,実習経験がある学生では77.0%。「教師同士の連携を密にすべきだと思う」という意見に対しては,肯定的に答えた学生が,実習経験の無い者では80.5%なのに対し,実習を経験した学生では96.3%。また,「現場の先生は,教材研究をする時間が十分にある」という質問に肯定的に答えた学生は,実習経験がないと20.1%であり,実習を経験すると13.0%に減少する。
 ここから,現場に近づくことで,現場に対する理解が生まれたと解釈できるだろう。もともと教職に就くつもりの無い非教職志望学生でも(教職志望の学生には及ばないにせよ),教職への考え方が好意的になるのである。

(2) 現場に触れることの意義
 世間では,教育改革や学校批判の声が高いが,それらが現場の実情をどの程度くみ取ったものなのか,疑問が残る。今回の調査では,教職を希望せず,実習も経験していない学生が最も教職に対して批判的であったが,彼らも実習をすることによって,認識が変わる可能性がある。「非教職志望,教育実習未経験」の彼らは,より一般的な世論に近い意見を持っている層であると思われる。我々は,世間と実際の教育現場との乖離が,無理解な批判を生み出している可能性があることにも目を向けていかねばなるまい。
 しかし,本章で見てきたように,もともと教師文化に近い資質を持ち,かつ現場を体験したことのある者と,特に教師文化に親和性があるわけでもなく,教育現場を体験したことも無い者とのギャップを埋めることは大変難しいことといえよう。脈々と受け継がれてきた教師文化の変容,世間一般の教職への理解を求めようとすることは困難に過ぎようか。


1) P.ブルデューによって用いられた。もろもろの性向の体系として,ある集団に特徴的な行動や知覚様式を生み出す。行為者の行動は,これによって方向付けられる。


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