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第四章 教師文化継承の今日的課題

 教師文化(教員文化)に関する研究についてはこれまでも多くの研究がなされてきた。その中で教員養成機関の学生を対象とする調査研究も,「予期的社会化」研究として考察されているところである。1)
 今回我々は,教員養成系大学の学生の教師観・教育観の調査分析を通して,教職志望の大学生にも既に教師文化と類似した共通認識が持たれていることを明らかにしてきた。そしてそれを「教師文化の継承」として捉え,その過程を明らかにしてきた。現在では教員養成系大学出身者に占める教職への従事者の割合が減少傾向にあり,教員養成系大学のカリキュラム自体が教師としての社会化を促す直接的な要因とは言い切れない状況にある。よって現在の教員養成の現状を踏まえた上で,教師としての社会化が大学における教員養成だけに担われているのではなく,教職志望者にはもともと教師文化を継承する要素があり,それが大学での講義,教育実習等を通して教師としての教育観を養っていくことで,更なる職業的社会化が促されるという視点で論じてきた。
 近年,教育改革の必要性が叫ばれ,カリキュラムはもちろん,教員の養成・採用に関しても改革が進んでいる。そのような状況下において,教員文化についても改めて問われる時期にきていると言えるだろう。教師文化を教師集団に共有される行動様式ないし思考パターンであると定義するならば,教育改革に伴い教師文化にも変化が生じることが推測される。しかし一方では,前章までに検討されてきたように維持・継承されている教師文化も存在する。そこで本章では,教師文化の維持・継承による問題点や,今後のあり方について考えてみたい。


1. 職場としての学校
 前章までに,教師文化の一部が教師予備軍である教職志望学生の段階でみられたことが明らかとなった。つまり本調査で見られる範囲に限っては,教師文化の継承が確認されている。ところで,教師文化が教師となる以前から段階的に身に付けられるということは,学校教育ひいては,子どもたちにとってプラス要因となるのだろうか。
 第一章において,教職志望学生の多くが過去の学校生活において向学校文化的であったことが明らかとなったが,学校という場に対して好感を持っている教師が,勉強や集団行動に苦手な層の子どもを教えることに問題点はないのだろうか。
 とかく教師が「出来ない」子どもの気持ちを理解できないのではないか,という声はよくきかれる。確かに教師に教職の難しさを聞くと,問題児への対処ということが挙げられるのだが,それは優等生的な学校生活を送ってきたから,学校文化に適応的でない子どもを理解しづらい,という一言で済ませてはならない問題であろう。
 「学校」という職場は,教師にとっても子ども時代の大半をすごした場所である。そこで「優等生」であったことを職場にひきずるということは問題である。
 児童・生徒の立場からの「学校」と職場としての「学校」は違う性質のものであり,教職という専門職についたからには,全ての子どもを理解する(理解しようと努力する)必要がある。当然のことではあるが,職業人としての教師の専門性の確立という視点に立てば,研修を通してそのような問題は克服されねばならない問題であろう。


2. 教職への従事
 とはいえ,大半の教師は「子どものため」を思い,日々の職務に従事している。勤務時間外にも多くの仕事をしており,自宅へ仕事を持ち帰って指導案の作成を行うなど子どものためにプライベートの時間を犠牲にしている。近年,教師のバーンアウトが問題とされている2)が,その原因の一つとして教師の多忙化が挙げられている。学生も「教師には教材研究をする時間が充分にない」と考えており3),教師の仕事の大変さを理解しているようである。また教職経験者への個別アンケートでは「教師が時間外勤務をするのは,仕事の特質を考えれば当然のことです。人を相手にする仕事に,時間の枠などありません」(中学校・男性)というように,時間外勤務を当然と考える教師達の姿(=教師文化)が浮き彫りとなった。また「休日に"このことを明日子ども達にやってあげたら喜ぶかな"と思いつき授業の準備をする。これは時間外の仕事といえます。でも教師としてのやりがいは,そのアイデアがうまくいった時にあじわうことができます」(小学校・男性)というように,教師の多くは勤務時間外であっても「人を育てる」という職務の重大さを認識し,「子どものため」に熱意を持ち職務に従事している。教職志望の大学生による座談会でも同様の意識がみてとれた。
 一方で,仕事量の多さを問題視している傾向もうかがえる。しかしそれは授業の準備などにかかる時間に対してではない。「学校はとにかく無駄が多い。皆で協議という考えはいいが必要のないと思われることまで皆で協議する。その辺から仕事が複雑になる。全てがお役所方式なので膨大な事務を教師がしなければならない」(小学校・男性)というように校務分掌の多さと,お役所仕事的な効率の悪さを教師達は指摘している。
 このように,多くの教師が教職に対し情熱を持ち,子どものために日々頑張っている。そして教職志望学生もまた,その職務の大変さを知りながらも教職を志している。彼らの熱意を,空回りさせることなく,いかに子どもの教育にとって最適な方向に向かわせるかが今後の課題となるだろう。


3. 教師文化と教師
 以上みてきたように,模範的で献身的な教師文化は,教師にも教職志望学生にも共通にみられ,教師に必要不可欠な要素であるという認識が根強い。確かに子どもを教え,育てる職務にある教師には,子どもの見本になるような人材4)が必要であることに異議はない。
 これまでの先行研究でも,マイナスイメージからの「同僚性」や,威圧的,まじめさ,スケールの小ささ,偽善的といった,かつての師範タイプの継承が指摘されており,今回我々の行った調査からも同様の傾向を読み取ることができた。こういった教師文化の継承は,現在進められている教育改革にはそぐわない一面もある。
 これまでのような画一的な授業法から,個別に対応できる教育が求められ,教師には一人一人の子どもを理解する力がこれまで以上に必要とされている。クラス全体の進度ではなく,個人の理解度を把握し,個人の能力を最大限伸ばすことが要求されてくる。また核家族の中で育った社会化されていない子ども達への指導は,単に威圧的なだけでは成立しないのが現状である。教職を聖職として捉え,教師を尊敬し教師の言うことを絶対とする時代ではなくなっているのである。教師を取り巻く環境の変容,それに伴う教師の役割や教師へのまなざしが変化している中で,教師はどこに教師としてのアイデンティティを見出していくのだろうか。これまで受け継がれてきた固定化された教師文化の中に見出される「教師らしさ」の中にも今日の学校教育に必要な教師の専門性があるかもしれないし,これまで言われてきた「教師らしさ」とは違う,新たな教師像が確立されていく可能性もある。いずれにせよ,教師文化の変容は学校教育の変容と密接につながっており,学校教育を変えるためには教師の意識・行動も変わっていく必要がある。


4. まとめ
 以上のように,現代はこれまで脈々と受け継がれてきた現場における教師文化の維持・継承が困難な時代であるといえるだろう。しかしながら今回の研究を通して,教師文化の維持継承が教職志望の大学生の段階に見られることが明らかとなった。つまり,教師文化の変容を求める社会に対し,教師文化は引き継がれるという,社会要請と教員養成の矛盾が見られているのである。
 教職志望の学生の意見からは,社会の変化に伴う教師文化の変容の必要性は認識しているが,実際には「教師とは…」という,固定化された教師像に縛られている様子がみてとれる。第一章で述べたように,教職を志望する学生の大半が,向学校文化的であり成績もそれなりによく,教師ともうまくいっていた者であり,そうでなければ教師という職業に魅力を感じ,教職を志そうとする者がいないという現状が垣間見られる。
 教員採用のあり方が少しずつ見直され始めている5)。それでも教師という職業がその専門性を認められ,それなりの専門性を持つ教師を養成し教育現場へ供給し,そしてその時代の要請に合った教育を遂行できなければ,親も社会も,将来を託す子ども達を安心して教師に預けることは出来ないのである。
 ややマイナスの面ばかり述べてきたが,今回の調査・研究を通してある可能性に気付くことができた。今日,「教師」を語る論調はマスコミ報道等の影響もあってか批判的に述べられることが多い。確かに一部の教師による犯罪行為は許せないものであるし,指導力のない教師には改善を求めなければならない。しかし献身的ともいえる態度で教職に従事する多くの教師に対する評価も正しく行うべきである。
 今回,我々は教育実習経験という観点からいくつかの調査項目の分析を行った。その結果,教職志望の有無に関わらず,実習後は教師に対して肯定的な意見に転じることが明らかになった。ここから,普段教育について特別関心のない層(一般サイド)が,実際に教育現場に入り教師の仕事を知ることによって,教師観が好転する可能性が指摘できる。もちろん2週間という教育実習では,実習生を受け持つ指導教官が現場の良い面を見せてあげようという気持ちを持つことがあるため,現場に触れることで好転した教師観というものが正当な評価であるか否かは難しいところである。しかしながら一般サイドが教育,そして教師に関心を持ち,積極的に関わっていくことで,その教師観が好転するということは,それだけ現実の教師の姿を知らない人が多いということでもある。
 社会全体が教師についてもっと関心を持ち,積極的に関わっていく。そうすることで教師に対する見方も変わってくるだろう。そして「教師に何を求めるのか」「教師の専門性をどこに見出すのか」ということを社会が明確に示せるようになったとき,今回我々が検討してきた教師文化の維持・継承が肯定されるべきことなのか,もしくは批判されるべきことなのかも明らかになるだろう。



1) たとえば「教員養成大学におけるプロフェッショナル・ソーシャラィゼーションに関する調査研究(T)」池田秀雄,「教師の職業的社会化(T)」今津孝次郎,「教師観の形成に関する研究:T」岩井勇児,などがある。
2) 『教師の多忙感とバーンアウト−子ども・親との新しい関係づくりをめざして』大阪教育文化センター教師の多忙化調査研究会編,法政出版。
3) 「教師には教材研究をする時間が十分にある」という項目に対して,教育実習経験者の9割近くがそう思わないと答えている。
4) 品行方正という意味には限られない。「生きる力」を持ち,子どもにそれを伝えられる教師を指す。
5) 教育者としての使命感,実践的指導力をみるために筆記試験だけでなく面接,実技試験などを一層重視したり,クラブ活動や社会的奉仕活動等の経験なども積極的に評価するなど,人物重視の方向に向かっている。


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