●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●

シリーズ
授業を創る(7)

制度改革疲れへの懸念:
システム論的見方と
関係論的見方

 公立学校における学校選択の自由化が、一部の自治体で始められてきています。この動きは、日本だけのことではありません。イギリスでは、この動きとセットとなって、学校選択のための情報として国家統一の学力テストが各学校で行われ、学校別の学力ランキング表が出されるようになっています。そこで低学力となった学校は、一部廃校になったり、統廃合され、また中央から学校の先生たちのところへ個別に指導が入るという事態も起きています。

 渡英した先のホテルで、こうした改革が進むに伴い、先生方のストレスが非常に高まってきていることを伝える新聞記事を目にしました。「教育改革で苦悩する先生」という見出しでした。日頃から子どもたちのために奮闘してきた先生が、改革の渦に巻き込まれながら、「自分がベストを尽くしても、それが基準としてよしとはされない」苦悩を感じていること、事務的仕事で多忙になり、授業準備に時間を十分かけられないと、改革に疑問を呈していることなどが取り上げられていました。併せて、移り変わりの速い改革に対する教師の「改革疲れ」も指摘されていました。

 個々の学校が、独自のよさを明らかにし、それを保障していくのではなく、学力比較によってふるいにかけられるような、評価とセットになった学校選択制度は、自由を保障しているかのように見えて、実は個々の学校の教育の質を変化させ、地域に根づいた公立学校の質を変えていくものといえるでしょう。

 ある調査によれば、イギリスでは教師という仕事を引き受けてはいても、現状に不満を感じ、「何かにとらわれている」という感覚や、どこかへ逃げたいと思っている人が、実は三分の一以上いるということです。

 この、「教育改革疲れ」は、日本の学校にも当てはまるのではないでしょうか。「教師の専門性」が言われながらも、先生が本来の専門的仕事に打ち込める時間は減少し、学校における教師の時間感覚が変化してきています。先生方が感じているのは、時間の質の劣化と摩耗感覚です。つまり、制度は新しくなっても先生方は疲れを増していっているのです。

 教育改革に伴う変化に対し、先生方は四つのタイプに分かれると言っている研究者もいます。一つ目は、変化に対して抵抗し、申し立てをしていくことによって自分の存在感を見つけ、わが道を行くタイプです。新たに取り入れられようとする考えを、自分の考えとはっきり対峙させることにより、さらに自分の教育観に傾倒していくタイプといえます。二つ目は、改革を積極的に取り入れることによって、それを機に自らを変えようと熱心にかかわるタイプです。三つ目は、消極的にではあるがともかく取り入れ、流されていきながら変わっていこうとするタイプ。そして最後に、方策としてできるだけ動かないでやり過ごすタイプです。このタイプは、できるだけゆっくり、抵抗するでも取り入れるでもなく時を過ごしていきます。

 制度改革という視点は、教育という営みをシステムとして見ていくことです。この視点は新しく合理的なようですが、それは集団のなかで個々人を小さく見ていくこと、つまり個を見失っていく危険性を、常に内に含んだ視点であることを忘れてはなりません。汎用プログラム化していくことは、効率を高めていくように見えて、人が人とともに生きていく時に生まれる出来事を捨象していくことにつながる危険をはらんでいます。それは、教育改革のなかで過ごす教師や子どもたちの消耗感を高めます。教育という営みには、システム論的見方のみではなく、そのなかに生まれる関係を見いだしていくという、関係論的視点が不可欠です。

 これからの学校に必要なのは、制度改革論だけではなく、それを支える関係性の構築なのです。一般に教師のストレスの低い学校では、子どもの話が出るし、教師同士の関係がその葛藤も含めよく見えるといわれます。学校やクラスを、システムではなく「関係」として見られる同僚性(教師間の関係性)や、親や地域との関係づくりが必要となります。大きな改革ではなく小さな出来事を語り合う関係性づくりによって「改革疲れ」を乗り越えていく方途が、今求められていると思われます。

【あきた・きよみ】1957年大阪府生まれ。立教大学文学部教授を経て現職に。専門は学校心理学・発達心理学。教師教育についても深く研究している。著書は『日本の教師文化』(東京大学出版会、共著)、『教室という場所』(国土社、共著)など。



for Teachersへ
先生のフォーラム


フォーラムへの参加には、CRNメンバーサイトの利用者登録が必要です。
 ・CRNメンバーサイト利用者登録をお済みの方はこちら
 ・CRNメンバーサイト利用者登録をお済みでない方はこちら


株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第258号 2000年(平成12年)11月1日 掲載




Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.