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新シリーズ/
学校コミュニティの
創造へ向けて(6)

「学校を開く」ことによって
地域の教育に
「公共性の空間」を

 「あの容疑者のような人間が出ないようにしていくのが、われわれの仕事なんですよね」

 大阪で起きた小学校乱入殺傷事件の衝撃がまだ冷めやらぬ6月中旬、私の大学の大学院修士課程の授業で、長期派遣で来ている現職高校教員の院生の一人がしみじみと語りました。いわゆる「教育困難校」での勤務経験を持つ数人の「現職院生」が顔を見合わせてうなずいている光景は、私にとっても他の受講生にとっても印象的なものでした。

 「事件」直後から、マスコミをはじめ多くの人々の関心は、だいたい四つの点に集中していました。第一に、被害者とその家族に対する「心のケア」の問題、第二に、精神障害者への処遇のあり方の問題、第三に「開かれた学校」推進の是非、あるいはそのあり方の見直しをめぐる問題、そして第四に、容疑者の経歴や生い立ちの問題です。特に第一の点は、被害を受けてしまった学校とその当事者の方々にとっては、何よりも速やかな対応が必要とされる、重要なことだったと思います。

 半面、教育関係者の間では特に、第三の点が関心の焦点になりました。私もここ数年「学校を開く」ことの重要性をいろいろなところで論じてきただけに、正直なところ、しばらく考えさせられました(偶然にも、その推進論を述べた本紙9月号の原稿を送った後に「事件」は起きたのでした)。しかし、冷静に考えていくにつれて、第三の問題は、本来的にはむしろ「安全管理」のあり方として把握されるべきだということが明確になっていきました。つまり、問題視されるべき点は、学校という時空における子どもたちの安全確保の手立てや条件整備の不十分さであって、「学校を開く」こと自体が問題なのではないということです。その場合、「開く」ということが単に「出入りを自由にする」とか「塀をなくす」といった物理的な意味にとどまるものではないことは言うまでもありません。

 そう考え始めていたころに出くわした冒頭の言葉は、異常性の高いこの「事件」からいったん離れて、「私事化」が進む社会のなかで一人の人間が成長し「大人」になっていく過程や環境のなかに「公共性」を確保することの必要性について考えさせてくれるものでした。

 横浜国立大学の齋藤純一さんによれば、「公共性」は「誰もがアクセスしうる空間」「複数の価値や意見の〈間〉に生成する空間」などの条件を備えていて、「共通の世界にそれぞれの仕方で関心をいだく人びとの間に生成する」ものだとされます(岩波書店『公共性』)。これは「教育の公共性」を考えるうえで示唆的だと思います。しかし、東京大学の広田照幸さんが「子供の教育に関する最終的な責任を家族という単位が一身に引き受けざるをえなくなっている」と鋭く指摘されたように(講談社『日本人のしつけは衰退したか』)、子どもたちの育ちの現実は一元化・個別化(孤立化?)されています。彼・彼女らの教育において「公共性の空間」は確実に狭められていると言えるでしょう。

 公立学校は、そんななかでもかろうじて、互いに異質の環境に育つさまざまな子どもたちとその保護者たちの間を、ときには強制的に対峙させたり結びつけたりする「公共性の空間」としての機能を果たしてきました。学校による「抱え込み」を反省し、「家庭と地域に教育を返す」ことは一般論として重要ですが、事態は必ずしもそう単純ではありません。同一地域に生活し、そこで育つ子どもの教育に多様な立場から関心を抱く人々を、学校に巻きこんでいく(parent involvement/community involvement)という意味で、「学校を開く」ことの大切さを実感している先生は少なくないのではないでしょうか。

【はまだ・ひろふみ】1961年山口県生まれ。東京学芸大学助教授を経て98年9月より現職。専攻は学校経営学・教師教育論。学校が「自律性」を確立するために学校内部組織はどうあるべきかについて、日米比較の視点をもって研究。著書に『中学校教育の新しい展開第5巻 生徒に開かれた学校をめざす教育活動』(第一法規出版)、『諸外国の教育改革と教育経営』(玉川大学出版部)、『「大学における教員養成」原則の歴史的研究』(学文社)などがある(いずれも共著)。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第268号 2001年(平成13年)10月1日 掲載



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