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新シリーズ/
学校コミュニティの
創造へ向けて(10)

「学校の自律性」を
支える条件としての
「校長資格の自立性」

 「もし私が校長で、教育委員会の行政方針がどうしても自分自身の学校経営方針と相容れないとなったら、私はほかの自治体の学校へ行って校長をやるでしょうね」

 1996年にアメリカの大学に滞在していたとき、私のぶしつけな質問に対して、ある女性教授はそう答えました。

 当時アメリカでは学校への権限委譲が積極的に展開され、滞在先のフロリダ州でも、全州規模の改革が進行していました。彼女は小学校の教員・校長、教育委員会の専門職員などの秀でたキャリアをもって、州の改革プラン作成にかかわった方でした。

 学校裁量が拡大して「学校の自律性」が要請されている現在、校長自身の教育信念と経営理念の重要性が盛んに語られる一方で、日本では教育委員会と校長との有形無形の上下関係の存在にも大きな関心が注がれています。校長が学校組織のトップリーダーとして、教育委員会から「自立」しうるという認識を、日本の学校関係者は共有できていないのです。「校長の権限拡大」が、「教育行政による管理体制の強化だ!」と反発を買うのは、その証左でしょう。

 ところが、当時私が出席していた大学院の授業でも、読んでいた関連論文でも、教育委員会との関係の取り方にはほとんど言及がなく、もっぱら学校内部に対する校長のリーダーシップや役割のあり方が論じられていました。学校の中にしか目を向けない議論だけで、本当に「学校の自律性」を確保できるのか? 私はつたない英語でその疑問を彼女にぶつけました。

 冒頭の表現を少し補足すると、その回答はだいたい次のようなものでした。

 「『学力保障』という教育目標の基本部分で教育委員会と相容れない関係になるということはあまり考えられない。でも万が一、自分自身の学校経営のやり方がどうしても認めてもらえないというのなら、自分の経営理念を承認してくれる教育委員会はほかにも必ずあるはずだから、そちらへ移ればよい。ただそれだけのことだ」

 彼女のこうした発言の背景には、「校長資格の自立性」とそれに基づく校長としての自信があるのだと感じました。アメリカでは校長に免許制度があり、その取得要件の中心に大学院での課程履修が位置づいています。校長資格自体が任命権者から自立して本人自身に帰属していると言ってよいでしょう。それは校長自身の対教育行政における「自立性」を支えているのだと、私は日米の違いの一つについて納得したのでした。

 幸い私自身は、これまで多くの優れた校長先生と出会ってきました。しかし、意欲あふれる教員を失望させ、協力的な保護者から不信を抱かれる校長に出くわすことも少なくありません。校長が、「教育行政当局の」ではなく「自分自身の」教育信念を示し、「その学校の」目指すべき将来像を語ることが、それほどに難しいのかと考えさせられることもしばしばです。

 どうやらそのような事態は構造的に生み出されていると考えられます。そして、その要素の一つとして挙げられるのが、先にも触れた資格制度なのです。

 日本では現在、任命権者である教育委員会(教育長)が独自に校長の資格要件を定め、それに合致する人材を任用しています。少々乱暴なたとえになりますが、そのことは、校長の意思決定が子ども・教職員・保護者などによって成る「学校コミュニティ」を代表してなされるか、それとも教育行政の末端からそこに対して向けられるものになるかを、微妙に、されど大きく左右すると考えられます。

 「学校の自律性」は、学校が制度的に教育行政から「自立」していることを必要とします。そう考えると、「校長資格の自立性」を確保することは、一つの重要なカギを握っていると思います。

【はまだ・ひろふみ】1961年山口県生まれ。東京学芸大学助教授を経て98年9月より現職。専攻は学校経営学・教師教育論。学校が「自律性」を確立するために学校内部組織はどうあるべきかについて、日米比較の視点をもって研究。著書に『中学校教育の新しい展開第5巻 生徒に開かれた学校をめざす教育活動』(第一法規出版)、『諸外国の教育改革と教育経営』(玉川大学出版部)、『「大学における教員養成」原則の歴史的研究』(学文社)などがある(いずれも共著)。



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株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第273号 2002年(平成14年)3月1日 掲載


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