●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●

新シリーズ/
学校コミュニティの
創造へ向けて(15)

当事者自身の言葉で
学校のグランドデザインを描こう

 元プロ野球選手の衣笠祥雄さんとご一緒する機会がありました。いうまでもなく、前人未到の連続試合出場記録を打ち立てた「鉄人」です。説得力のある、魅力的なお話を聞かせてくださる方で、最近は教育分野でもいろいろなかたちで活躍されています。

 私事で恐縮ですが、1970年代に少年期を広島で過ごした者として、彼にぜひきいてみたいことがありました。1972〜74年の間、三年連続最下位だった弱小チームの広島カープが、1975年に″突然リーグ初優勝を果たしたとき、チームのなかでいったい何が起きていたのか、ということです(余計なことですが、この年、読売ジャイアンツは最下位でした)。

 「計画ですよ」。彼の答えはあっけないもので、それに続く説明は丁寧かつ明快でした。

 球団オーナーが九年ほど前から将来のビジョンを描き、時間をかけて人材を育成していったこと、若い選手のモデルとして「スター選手」をトレードで獲得したこと、現場の声を熟知した人材をフロントスタッフに据えたことなど、どれもうなずけることばかり。

 「優勝すべくして優勝したのです。しっかりした計画と着実な準備の積み重ねがその年に花開いたのであって、内部の人間にとっては″突然ではありませんでした。ただし、最後に″スパイスが必要でした。優勝経験のない選手に、優勝は実現可能だと思い込ませることです。それが、あの年にようやくできたのです」

 経営者が組織の将来像を明確に定め、それを実現するための全体構想(グランドデザイン)を描く。ときには我慢強く人材育成に取り組み、メンバーの個性と特性を的確にとらえた人材配置を行う。各メンバーに組織目標は実現可能だと認識させ、そのための自分の役割を明確に意識させる。言われてみれば当たり前のことなのですが、そのような背景を予想できていなかった私はなんて未熟だったのかと反省させられました。

 ところで、学校にこの筋書きをすべてあてはめるには無理があります。校長在任期間の短さや教員の一斉人事異動など、制度上の問題がすぐに思い浮かぶでしょう。

 しかし、それを踏まえてもなお、学び取れるものは大きいと思います。それは、組織の改善が大きく進むのは、組織全体の目標を一人ひとりのメンバーが自身の目標に変換してとらえることができたときだということです。そのとき各メンバーは、自らの職務と役割を絶えず組織の将来像実現に結びつけて、創造的に考えることができるようになります。

 米国の著名な組織改善コンサルタントであるピーター・クラインとバーナード・サンダースは、「メンバーたちは自らの独自性を維持するとともに、互いに相反する行動を取っていては目的は達成されないことを自覚していなければならない」(今泉敦子訳『こうすれば組織は変えられる!』フォレスト出版)と述べていますが、まさしくそうした状況を組織内部につくり出すことができるということです。

 だからこそ、組織全体の目標がよって立つ明確なビジョンと、それを実現するための全体構想が重要なのです。でも、中教審の答申文や、古びた額縁に納められた「校訓」や「目標」などに書かれたキーワードをいくらきれいに並べても、学校の将来像は描けません。児童・生徒の「顔」や、教職員・保護者の「生の声」とつながっていないからです。

 今、この学校にいる、子ども・教職員・保護者が、皆共感し実感できる言葉で自分の学校の将来像を提示し、自分たちの言葉で「学校のグランドデザイン」を描くこと。それは、学校の改善に向けて一人ひとりの個性と創造性が発揮される、組織づくりの出発点になるはずです。

【はまだ・ひろふみ】1961年山口県生まれ。東京学芸大学助教授を経て98年9月より現職。専攻は学校経営学・教師教育論。学校が「自律性」を確立するために学校内部組織はどうあるべきかについて、日米比較の視点をもって研究。著書に『中学校教育の新しい展開第5巻 生徒に開かれた学校をめざす教育活動』(第一法規出版)、『諸外国の教育改革と教育経営』(玉川大学出版部)、『「大学における教員養成」原則の歴史的研究』(学文社)などがある(いずれも共著)。



for Teachersへ
先生のフォーラム


フォーラムへの参加には、CRNメンバーサイトの利用者登録が必要です。
 ・CRNメンバーサイト利用者登録をお済みの方はこちら
 ・CRNメンバーサイト利用者登録をお済みでない方はこちら


株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総研発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第278号 2003年(平成15年)1月1日 掲載


Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All right reserved