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教育改革の現在(2)
学校の“経営”

 改革を考えるとき、白紙のうえに新しいものをつくることは、事実上不可能である。革命を起こすのなら話は別だが、これまでの教育改革は、それまでにあった材料を組み立て直すことで進められてきた。その点からいえば、敗戦後の教育改革は「革命的」な変革だったといってよいが、やはり革命とはいえない。多くの人は占領下の改革を外側から押しつけられたものと受け取った。しかし、改革の推進に最も大きな影響力を持つ、関係者の価値観や意識はすぐには変わらなかった。これが、敗戦直後の教育改革が短期間で後戻りを強いられ失敗に終わった理由と考えられる。

 教育関係者の間には、明治以来何十年も続いてきたシステムへのノスタルジアがあった。新しいシステムにのっとって教育を行うにはエネルギーがいる。これまでの延長線上で、法律や教科書に決められた通りにしているほうが楽でいい。だから、教員も、生徒も、行政官もなかなか変わろうとしない。そんな状況のもとでは、たとえシステムが変わったとしても、実際の教育の営みが根本的に変わることはない。

 現在もこうした状況は同じである。審議会からは次々にラディカルな答申が出される。しかし、学校や教員は、それにどれほど対応できる能力をもっているのだろうか。ある時、突然「自由にやっていい」と言われても、その自由をどう使えばよいのかわからない。自由になればそれぞれの責任も増し、各自が判断し、選択し、決定しなければならなくなる。しかし、そうしたことに慣れていないから不安が大きくなる。一方、型通りのやり方をしていれば不安もないし、エネルギーも少なくてすむ。初めはテキストを作らないといっていた生活科も、結局は教科書を作らざるを得なかった。学校側はなにごとも教育委員会に相談し、それが文部省まで行って、最終的には文部省が対応せざるを得ない状況がある。

 制度を変えるのは難しいことではない。しかし、それが意図した通りに動いていくためには、教員や校長の一人ひとり、教育委員会の一つひとつが、どれだけ主体的に判断する能力を持ちうるかが大切になる。改革にはいつも、関係者が自分の価値観をどこまで変革できるかという問題がかかわっており、それが最も難しい。今回の改革は、その意味で、敗戦直後の改革以上に難しいといえるかもしれない。

 教育委員会と学校の関係も、変わる必要がある。校長の実質的な裁量権を大きくすべきだ、といわれているが、学校運営の問題については、教師集団の実質的な裁量権も重要である。校長が5年、10年と一つの学校に腰を据えて学校運営を行い、自分の教育理念の実現に協力してくれる教師集団を組む能力がなければ、学校は変わらない。教員自身も、自分の教科の枠やクラスの枠にこだわっていたのでは改革は進まない。学校単位でカリキュラムや時間の幅を自由に組めるようになれば、ではうちの学校はどうするのか、必ず教科やクラスの枠を超えた議論が必要になってくる。

 アメリカの学校では分権的な教育の長い経験のなかで、教師集団と校長との権限関係が決まっている。校長が強い権限を持ち、学校経営を行う。学校にはマネージメント、“経営”がある。ところが、日本にはそうした伝統がなく、学校経営という考え方も弱い。カリキュラムは学習指導要領で決められているし、校長には教員を選任する権限もなく、自分の教育理念にかなった教師集団をつくることはできない。つまり、校長が独自の理念を持ち、学校がそれぞれの教育目的を持ち、教育課程を編成し、教師集団を編成することが認められてこなかったのである。何も自分たちで決められないというのであれば、責任感も生まれない。経営上の権限も責任も、教育委員会や文部省が事実上持っている。そのような仕組みのなかで動いてきたから、自由化・個性化・多様化といわれた時に、だれがそれを推し進めるのかとなると、教育委員会依存に戻ってしまう。

 例えば、高等学校の総合科はその一つの例で、既存の高校が個性的なことをやろうと考えて総合科をめざすというより、教育委員会が個性的な高校をつくろうというので総合科にする。それでは言葉の本来の意味での個性化でも多様化でもなく、上から新しいタイプの高等学校を次々につくっていることになってしまう。高等学校が自分の力で変わったという例は少ない。このように、下からエネルギーが高まって変わるのではなく、上からの自由化、個性化、多様化である限り、本当の意味での変革とはいえない。今回の改革がこういう状態をどこまで変えられるか、一つの大きな問題である。



※この文章は、インタビューをもとに構成したものです。


あまの・いくお 1936年生まれ。国立教育研究所研究員、名古屋大学助教授、
東京大学助教授・教授を経て現職に。教育社会学者。
主な著書は「日本の教育システム−構造と変動」(東京大学出版会)ほか多数。

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第235号 1998年(平成10年)11月1日 掲載



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