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●オックスフォード便り〜ディスレクシア研究室留学記〜 Part1
(2004年2月20日)

小山麻紀(オックスフォード大学生理学部博士課程)

ディスレクシア(Dyslexia)との出会い

医学的には「失読症」、一般的には「難読症」と言われているディスレクシア。その一般的な定義は、知的能力や基本的な知覚能力に問題がないにもかかわらず読み書きに困難を示す学習障害です。欧米での発症率は人口の5-17%になり*1、その原因は脳の機能障害にあると考えられていまが、まだ完全に解明されてはいません。

私がディスレクシアを研究しようと思ったきっかけは、2003年夏に行った卒業論文のための実験でした。漢字学習がワーキングメモリー発達に与える効果の研究を通して、子ども達(6-12才)の持つ多様性そして可能性に触れ、読めないということが彼らに与える精神的・社会的インパクトをしみじみ考えさせられました。単純なようですが、日本人である私がイギリス人に混ざって英語で読んだり書いたりしている苦労とは比べ物にならないものを感じたのです。


IQは普通。でも読み書きができない。なぜ?

読むことを始めたばかりの子どもが印刷された文字・単語を読むためには、まず目から入る視覚情報を、左脳の中でその文字・単語を構成する音に結び付け分析する作業が必要になります(音韻的理/Phonological processing)。しかし、読むことに慣れている高学年児童や大人は、この作業に頼らずに単語のつづり全体から単語を理解するプロセスを進めることができます(正字法的処理)。この自動化されたプロセスが効率よく読むことを可能にすると考えられています。

ディスレクシアの子どもは、この音韻的処理能力や正字法的処理能力に問題がある、とアルファベットを使用する言語圏の研究で報告されています。つまり脳の「読む」機能のどこかに欠損があるため、IQが普通または高くても、印刷された単語・文字をうまく情報処理することができないのです。

ディスレクシアが脳の機能障害であるという認識が浅い社会では、ディスクシアの症状を示す子どもたちは「頭がわるい」というレッテルをはられてしまいます。それは、子どもの自尊心・やる気を奪ってしまう結果につながりがちです。脳科学の分野からディスレクシア児童に支援を与えられるような研究をしたいと願っています。


日本語でのディスレクシア

最近の脳イメージング技術の進歩は、脳の読み書きメカニズム、そしてディスレクシアの脳機能障害を神経生理学的に理解するうえで多大に貢献しています。ディスレクシア患者に共通する脳異常の局所も少しづづ解明されてきています。しかしながら、言語システムの違いからくるディスレクシアの症状の違いを無視することはできません。*2

例えば英語のようなアルファベット言語と、日本語のように表音文字である「かな」と表意文字である「漢字」が混ざり合う言語では、読み書きの脳機能にも違いがでます。また、その違いは読み書き困難の症状にも反映されます。こうした日本語の特殊性、漢字のもつ視覚的に複雑な文字構造を考えると、欧米で唱えられている音韻的処理能力の欠陥だけでは日本語でのディスレクシアを説明することはできません。実際の症状として、例えば次のようなものがあげられます。

 *視覚的に漢字の細部を正しく区別できない。例えば「折」と「析」。
 *漢字の読み書きに非常に時間がかかる。
 *漢字を読むことはできても書くことができない。

これ以外にも様々な症状が報告されています。日本語のディスレクシアは、音韻的だけでなく、視覚的そして正字法的処理能力の観点から理解する必要があると考えます。

また興味深いことに、音韻的処理能力が低い場合は、日本語での読み書き困難を克服できても、中学校で習い始める英語にディスレクシアの症状が顕著にでることがあります。英語を学ぶことの重要さが強調される現代の日本社会においては、アルファベット圏でのディスレクシア研究が問題解決の指針となることでしょう。


ディスレクシア治療法

ディスレクシアの原因を探る研究が進む現在、その治療法への取り組みも本格的に始まっています。注目を集めているのは 米国のタラル教授とガブリエリ教授の「Fast ForWord」という聴覚的能力を訓練するコンピュータープログラムです。商業的に走りすぎているという批判もありますが、実際に訓練後にはディスレクシア児童の読み能力向上したという結果がでています。*3 しかし、前述しましたように、日本語でのディスレクシアの治療法は聴覚的能力訓練だけでは100%効果的とはいえないと推測されます。


神戸で第1回国際ディスレクシアシンポジウム開催

現在、2004年4月18日-20日に神戸で開催される第1回国際ディスレクシアシンポジウム(主催:オックスフォード大学・理化学研究所)の準備に携わっています。次回は、このシンポジウムと私の研究について少しお話しをしたいと考えています。

灰色のイギリスの空を見上げながら、春の訪れをひたすら待つ今日このごろです。それではまた。


*1
Shaywitz SE (1998) Current concepts: Dyslexia. N Engl J Med 338: 307-312
*2
Paulesu et al (2001) Dyslexia-Cultural Diversity and Biological Unity,Science 291:2165-2167
*3
Temple E et al (2003) Neural deficits in children with dyslexia ameliorated by behavioral remediation: evidence from functional MRI. Proc Natl Acad Sci U S A. 100:2860-2865
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小山麻紀(こやままき)
大学卒業後、証券会社勤務を経て2000年に渡英。2003年ダーラム大学心理学部(ワーキングメモリー専攻)を卒業後、同年10月からオックスフォード大学生理学部博士課程に在籍中。


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