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岐路に立つ日本の教育(14)
シンガポールの
教育システム

 4月下旬、私はシンガポールの教育について現地調査をしてきた。この調査で探ってみたいと思ったことの一つは、シンガポール教育の「成功」の秘密は何かということであった。というのも、シンガポールは1970年代以降、韓国や香港とともに、アジアNIES(新興工業経済地域)の中核国として急速な経済成長を遂げ、アジア各国が通貨危機に陥った90年代半ば以降も好況を持続している国だからであり、もう一方で、1994〜95年の国際教育到達度調査で中学1、2年生の数学・理科とも約40か国中トップになった国だからである(ちなみに韓国は2位、日本は3位、アメリカ、イギリス、ドイツは中位であった)。

 シンガポールは、長年マレーシアの一部としてイギリスの統治下にあったが、1965年にマレーシアから独立し、リー・クワン・ユー政権下でラディカルな教育社会改革が行われ、70年代までのイギリスをモデルにした能力主義的でフォーク型の教育システムが形成された。その概要は次のようなものである。

 多民族共生・バイリンガリズムが基本方針で、教授言語は英語だが、母語も必修になっている。小学校6年と中等学校4年の教育は、義務教育ではないが、ほぼ全員が就学している。小学校4年修了時に語学(英語と母語)と数学の共通試験があり、その成績によって5年からEM1(15%)、EM2(72%)、EM3(13%)、の三つのストリーム(学力別クラス)に分類される。中等学校は総合制だが、小学校卒業時点で小学校修了試験(PSLE、60年代までのイギリスの11歳試験に相当)があり、その成績によって特別学級(10%)、上級学級(50%)、普通学級(アカデミック25%、テクニカル15%)の3コースに分類される。特別学級と上級学級の生徒は、卒業時にGCE“O”レベル試験(イギリスのそれと同様)を受け、2年制のジュニア・カレッジ(25%)ないし3年制のポリテクニク(40%)に進学する。普通学級の生徒は、卒業時にGCE“N”レベル試験を受け、3年制の職業技術学校(25%)ないしアプレンティスシップ(10%)に進む。ジュニア・カレッジの卒業生は、GCE“A”レベル試験を受けて大学に進学する。ポリテクニクの成績優秀者も大学に進学することができ、大学進学率は両方合わせて22%である。

 以上のように、学校システムは中等学校からコースによって上級学校への進学機会が制限され複線化する「フォーク型」であり、小学校段階から試験による選別・振り分けが始まる徹底した能力主義的制度になっている。また、理科と数学の国際到達度調査で上位を占めた3か国(シンガポール、韓国、日本)の教育システムが、いずれも学力選抜試験を特徴としているということも注目に値する。

 そこで問題となるのは、こうした受験体制の弊害はないのかということであろう。日本では、「いじめや校内暴力や不登校は、画一的教育や受験体制のせいだ」としばしばいわれる。韓国でもいじめや校内暴力が頻発しているが、ならばシンガポールではそうした「弊害なるもの」はないのかという疑問が起こるであろう。

 わずか5日間の駆け足的な調査だったので明言はできないが、観察やインタビューなどから判断するかぎり、日本や韓国とは違って、いじめや校内暴力が深刻化しているようすはない。それどころか、小学校から高校(ジュニア・カレッジ、ポリテクニク、職業技術学校)まで、どの段階の子どもも非常に礼儀正しく、学業にも総じて積極的であることに、筆者はほとんど驚嘆したと言っても過言ではない。小学校では、すれ違う子どもたちのだれもが立ち止まって「グッドモーニング・サー」とあいさつし、ジュニア・カレッジでも職業技術学校でも筆者たちが突然教室に入って行くと、生徒たちは一斉に立ち上がり「グッドモーニング・サー」と節をつけてあいさつをした。職業技術学校のビジネス英語の時間では、三十数人の男子生徒が40代の小柄な女性教師の授業に「真面目に」臨んでいた。こうした礼儀正しさや学業態度はどのようにして育まれるのであろうか。また、それをどう評価したらよいのであろうか。次回は、こうした問題について考えることにする。


ふじた・ひでのり 1944年生まれ。住友銀行、名古屋大学助手・助教授、
東京大学助教授を経て現職に。専門は、教育社会学。
主な著書は、「子ども・学校・社会」(東京大学出版会)ほか。

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第230号 1998年(平成10年)6月1日 掲載



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