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一般書



あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 現代では家族の問題が大きく取り沙汰されている。父親とは、母親とは、子どもとの関係は? 家族を見直す作業が行われ、心理学者や社会学者、教育評論家たちがさまざまな主張をし、現状分析をしようとする。特に事件が起きるたびに、憶測、説、論が展開される。それはそれで大変興味深いのだが、アダルトチルドレン、お受験ママなどなど、ともすると何かにくくられたり、集約されてしまうことも多い。その種のくくりでわかった気になる浅薄さ。それを省みないマスメディア。

 その種のステレオタイプ化に義憤を感じるせいか、つい、定型ではない個々のごくパーソナルな家族のストーリーを読みたいと思ってしまうのだろう。その意味で私事をテーマにした小説に手がいく。純粋に私的な個々の事実にそそられてしまうのだ。

 ここにあげた2冊は、いずれも父親をテーマにした実話を物書きである息子の視点から描き直したものである。

 『あなたが最後に父親と会ったのは?』はその帯にエッセイの名品、とあるが、いわゆる日本でいうエッセイではなく、ノンフィクションである。

 著者ブレイク・モリソンの父は開業医だった。父親は息子に医者になることをひそかに望むのだが、ブレイクは文学に進む。詩人であり編集者である息子に干渉し、心配する父親。家庭を大事にしながらも、浮気をし、あきれるほどのケチ。それゆえ、ちょっとしたゴマカシで勝ち得たものの自慢さえはばからない。

 女性や仕事をめぐる父と息子の潜在的な対抗意識。父への希望と失望。微妙に絡む父子関係に変化が訪れるのは、自らが医者であるブレイクの父にガンという病魔が訪れてからだった。彼の闘病に付き添い、彼の死へのプロセスを見届けていきながら父への思いは熟していく。

 小林恭二の『父』は日本の戦中世代。一高、東大、一流企業の取締役と完璧なるエリートに映る父。だが、心に大きな空虚を抱えていた父は、後に大学での教鞭への誘いを断り、逆に聴講生となる。取りつかれたように文学を勉強し、翻訳に熱中する。そして、若い時からの薬への傾きが背中を押す。どの薬局にもある平凡な咳止めシロップで「緩慢なる自殺」を企てたのだ。強い父は人生に勝ったのだろうか…。残された息子のつぶやきが聞こえる作品だ。

 いずれの父も、苦労を経てインテリ男として自らの家庭を築いた。国の違いはあるが、著者それぞれが「わが父」の謎解きをしていく。最も身近にいたはずの親の心の軌跡という謎を。



あなたが最後に父親と会ったのは? 父

『あなたが最後に父親と会ったのは?』
ブレイク・モリソン 著
中野恵津子 訳
新潮社 \2,200
(本体価格)

『父』
小林恭二 著 新潮社 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第250号 2000年(平成12年)2月1日 掲載


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