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教育・一般書

著者とともに考える、
「私」とは何か


永井 聖二 群馬県立女子大学教授

 近年の心理学は専門分化が進み、「事実かもしれないが、興味をひかない」と言いたくなる論稿が多い。門外漢が軽々しくこんなことをいうと叱られるが、手続きは厳密でも、それがわかって何になるのだと尋ねたくなる。

 そんななかで、浜田寿美男氏の近著『「私」とは何か―ことばと身体の出会い』は、壮大なテーマに正面から取り組んだ力作で、興味深く読めた。

 人は、身体性そのものにおいて他者の存在を予定して誕生し、前の世代との関係のなかで意味世界を敷き写し、ことばの世界を敷き写して共同の世界を広げ、そのなかでことばを中心に能動−受動の回路を構成していく。

 他方で、人は1個の身体を生きるものとして個別性を強いられているから、生活の歴史のなかでことばを主軸として張り巡らされた能動−受動の回路は、「私」という内的世界をつくり出していく。しかし、そうして形成された「私」も、個別性と並んで他者との共同性、関係性と深く絡み合うことを免れることができない。

 要約では、この本のおもしろさが十分伝えられないのは残念なのだが、ことばを他者とのかかわりにおいて働くものとしてとらえ、身体で生きる世界とことばでつくり上げる世界がどのように絡み合っているのかという人間理解の基本問題に、正面から取り組もうとしたのがこの本である。

 身近な例を挙げ、ときに学説を紹介しながら、コツコツと考えていく著者とともに、「『私』とは何か」の問いに思いを巡らせるのは、知的刺激に満ちた作業となろう。

 もう1冊、同じ著者の『いま子どもたちの生きるかたち』は、どんなに「私」になっても「私」になりきることができない人間のあり方を出発点として、学校、いじめ、神戸連続児童殺傷事件などを、エッセイ風に取り上げる。

 具体的な問題を論じた本だから、その点では読みやすいが、著者の真意をくみ取るためには、ややもすると説明不足の部分もあるように思う。実体的にとらえられがちな「私」を、むしろ関係の網の目にかかった能動−受動の回路の構図そのものとしてとらえるべきだという、著者の主張をふまえて読むことを勧めたい。あるいは、両書を併読することがあれば、よいといえようか。



「私」とは何か いま子どもたちの生きるかたち

『「私」とは何か―ことばと身体の出会い』
浜田寿美男 著 講談社 \1,800
(本体価格)

『いま子どもたちの生きるかたち』
浜田寿美男 著 ミネルヴァ書房 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第250号 2000年(平成12年)2月1日 掲載


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