ヤングアダルト人生の“早春”に読む時代小説増田 喜昭 子どもの本屋 「メリーゴーランド」店主 |
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久しぶりに時代小説を2冊、たて続けに読んだ。刀を抜いたら殺(や)るか殺(や)られるかの世界である。この緊迫感がたまらない。1冊目は『双眼』。あの有名な柳生十兵衛の話だ。といっても若い人たちはほとんど彼の名前を知らない。それほど時代小説は読まれなくなった。外でチャンバラをしている子どももほとんど見かけない。少しさみしいが、僕たちおじさんがきちんとバトンタッチしてこなかったせいだからしかたない。縁がなかったのだ。 それにしても『双眼』は一気に読んだ。十兵衛は隻眼である。片方の目を父親に潰されたのだ…という筋書きである。この父と子の関係が興味深い。何よりもチャンバラシーンのスピード感と迫力がすごい。若き十兵衛の隠密の旅、次々登場する刺客、くノ一返しの女忍者…読み出したらやめられない。 読み終えた次の日、近くの高校のサッカー部の部員に話を頼まれていて、そこでついうっかりこの本を紹介してしまった。 なぜ十兵衛が剣の達人になったのか、兵法とスポーツ、身体と心、剣と禅、一つの目で外界を、見えないほうのもう一つの目で自分の内を、いや相手の内までも見る…というような話をもっともらしく読み終えた興奮のまま話した。おまけに、「少々エッチなところがあるので読まないように」というダメ押しまでしてしまった。まったくいいかげんな本屋だ。 翌日、何人かの高校生がその本を買いにやってきた。子どもの本屋にだって、高校生の読みたくなる本も置いているのだ。 こんな調子で、2冊目の時代小説『藩校早春賦』も中学生に紹介し好評だった。自分の周りだけでも時代小説ブームをつくろうとしているのだ。チョンマゲで腰に刀を差していた「中学生」もいたということを知ってほしかったし、彼らもまた、親とケンカし、うそをついたり、悪いこともするのだというところを笑いながら読んでほしかったのだ。 ――青くからりと晴れ渡った空に、絵凧や字凧や奴凧が舞い上がり、子どもたちの歓声が響き渡る。道往く子女は、色鮮やかな真新しい春着(はるぎ)の長い袖を揺らせて、華やいだ笑い声をあげる。松飾りをした家の前では、2人組の万歳(まんざい)が賀詞をのべ、立舞をする―― ラストの正月のシーンは早春の暖かさにあふれている。早春といえば早い春、人生でいえば中学生の頃なんだなあ。 |
『双眼』 | ||
多田容子 著 | 講談社 | \1,800 (本体価格) |
『藩校早春賦』 | ||
宮本昌孝 著 | 集英社 | \1,900 (本体価格) |