●HOME●
●図書館へ戻る●
●一覧へ戻る●

教育・一般書

「子どもがわからない」
「子どもが変わった」
と言う前に


荒巻正六 学校問題研究家

 最近「子どもがわからない」とか「子どもが変わった」という声をよく聞く。例えば、先ごろ発表された警察庁の「少年犯罪情勢」によると、ここ3年半ほどの間に、無抵抗のホームレスを集団で襲った事件が5件もあり、逮捕された少年が「いらないゴミを排除したのに、なぜ叱られるのかわからない」と不満を述べたという。

 また、今年2月に発表された文部省の「子どもの体験活動等に関する国際比較調査」によると、日本の子どもは諸外国に比べて、正義感や道徳心に疑問が多く、マスコミも「どこかヘンだよ、日本の子ども」と大見出しをつけて報じている。

 そうすると冒頭の声も無理からぬことかと思う。こうした調査や報告の結論は、家庭・学校・社会の教育力の低下を嘆き、その強化を訴えるのがオチである。書評子は教育力の強化を訴えるのに異論はないが、その前に考えることがあるのではないかと思う。そこで本号では、書評子が子ども観(教育観)を一変させられるほどの衝撃を受けた次の2書を紹介したい。

 その一つは、教育社会学専攻で筑波大学教授・門脇厚司氏の『子どもの社会力』である。この「社会力」というのは、著者のつくり出した新しい概念で、「社会を作り、作った社会を運営しつつ、その社会を絶えず作り変えていくために必要な資質や能力のことで、ヒトの子にはその下地としての能力が先天的にある」と主張する。著者はその根拠を、1960年以降における内外の新生児研究の成果に求めている。その下地を簡単にいえば、新生児には、ヒトの声を聴き分ける能力、大人の顔を見分ける能力、大人の表情を見分ける能力、大人をまねる能力がある。これは他者認識能力、他者への共感能力、感情移入能力で、これこそ社会構想力であるとする。この論は、イギリス経験主義哲学の代表者ジョン・ロックの「子どもは白紙の状態で生まれてくる」という「ヒトの子無能力説」を一変させるものであって、「ヒトの子無能力説」は子どもの先天的能力を見くびった考え方だと断定する。この「子どもの社会力」をどう育てるかは、本書を読んでいただくしかない。

 もう一つは、犯罪心理学者で、上智大学教授・福島章氏の『子どもの脳が危ない』である。著者は長年の精神鑑定医としての経験から、異常心理・問題行動の背景には、環境ホルモンによる脳の形成異常と、テレビ等による大量の情報シャワーが脳の働き方の基本システムを変化させたことによる注意欠陥多動性障害がある、と指摘する。それを教師の教育技術のつたなさとか、親の教育力低下に帰するとする旧態依然とした「教育学的」認識ではどうにもならない、と手厳しい。両書とも新書版で読みやすい。ぜひ一読されたい。



子どもの社会力 子どもの脳が危ない

『子どもの社会力』
門脇厚司 著 岩波新書 \660
(本体価格)

『子どもの脳が危ない』
福島 章 著 PHP新書 \660
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第253号 2000年(平成12年)5月1日 掲載


Copyright (c) 1996- ,Child Research Net,All rights reserved.