ヤングアダルトすぐれた児童文学を読むと…増田 喜昭 子どもの本屋 「メリーゴーランド」店主 |
|
すぐれた児童文学を読むと、自分のなかの “子ども”が立ち上がってくる。すでに忘れかけていた何十年も昔の出来事、子どもの自分に影響を与えた大人たち、そこに重なるさまざまな風景、どれもまだ物心つかない自分自身のなかにあった世界を垣間見ることができるのだ。「物心がつく」というのはいったいいくつぐらいなのかはよくわからないが、自分の感性だけで生きていた、驚きと感動の連続の時代のような気がしている。 ルイーゼ・リンザーの『波紋』は、読み始めてすぐに、「うーん、つらいなぁ、このタイプの話は」と思ってしまった。 戦争が始まり、5歳の少女は谷間の僧院に預けられる…この暗くて不安な始まりに、ぼくは正直、ため息をついたのだ。 ところが、読み進んでいくうちに、作者の持っていた秘密の箱が、少しずつ開いていく。ぼくは思わず首をのばし、箱の中の宝物をのぞき込んでしまう。最初感じたぼくの不安とはまったく異なった、もう一つの子どもの目で描かれた世界が光りながら広がっていたのだ。 静かな僧院の中で暮らす人たち、僧院の外の村で暮らす人たち、そのなかで揺れ動く少女の心、その描写の一つひとつがまさにぞくぞくするものだった。 そして、この本が1940年に、戦争中のドイツで出版されたことを知って、ぼくの感動はさらに大きくなった。この本のなかに戦争はほとんど描かれていない。ただ、戦争の影を感じただけで「暗い」とため息をついた自分が恥ずかしい。 どんな時代のどんな国に住んでいても、子どもの鋭い感性は激しく動き回り、さまざまな物語をつくり出しているのだ。 ぼくはふと、今江祥智の『ぼんぼん』を想った。大阪の一人の少年の目を通して語られるあの戦争中の物語を読み終えた時の感動を思い出したのだ。関西弁でやんわりと語られるその物語に登場したのも、また、惜しげもなく自分の宝の箱を開けてくれる魅力的な大人たちであった。 この物語は、その後、『兄貴』『おれたちのおふくろ』『牧歌』と続く大作になっていったのだが、主人公の少年が大人になってなおその輝く少年時代をしっかり持ち続けていることに言いようのない喜びを感じる。 |
『波紋』 | ||
ルイーゼ・リンザー 作 上田真而子 訳 |
岩波少年文庫 | \720 (本体価格) |
『ぼんぼん』 | ||
今江祥智 著 長 新太 絵 |
理論社 | \1,942 (本体価格) |