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一般書

魂のこもった日本考、2冊


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 金城一紀著『GO』は2000年度上半期の直木賞受賞作品。だが、その種のニュースにむとんちゃくな読者としては、今ごろのんびりと『GO』を買い、ページをめくったのだった。多感な少年の恋愛ストーリー…。

 …であるはずだが、冒頭、主人公の父親が、正月明けにハワイに遊びに行くため、朝鮮籍から韓国籍に変えるという話から始まる。マルクス主義を信奉する済州島生まれで朝鮮籍のオヤジ。日本で生まれ育ち、19歳の時に御徒町のアメ横でオヤジにナンパされたオフクロが「20歳で僕を生んだ」。主人公は「杉原」という通名を持つ高校生。中学まで東京の民族学校に通い、今は日本の高校に通っている。彼はある時、不思議な少女に出会う。髪は『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグのように短く、つぶらな瞳はウィノナ・ライダーと同種の知性をたたえている。すっかり心奪われたが、彼女は「桜井」という苗字を持つ日本人だと知る。さて二人の恋の行方は?

 今日の世界で、マイノリティー問題は常に重要課題ではある。だが、単一民族国家幻想に支えられた環境、身体性のともなわない頭でっかちの知性では、この種の問題考察はとかく薄っぺらで、お寒いものになってしまう。

 日本の学校や地域などもそんな状況の折には、例えばマイノリティーのアイデンティティーを、大人たちは子どもたちの現場で、どう説くのだろう。そんなことを考えさせる小説だ。しかし、意味合いをうんぬんする前に、あくまで『GO』は、みずみずしく新しい日本文学である。切り替えも鮮やかなテンポ、ちりばめられたユーモアとともに、心を揺り動かす若者の魂がある。新しい書き手の誕生!

 金城一紀の筆はサリンジャーや、若いドミニカ系アメリカ人作家ジュノ・ディアズなどを想起させる。朝日新聞は、さながら「在日」文学の“ライ麦畑”だと評している。ただ、サリンジャーが大人の嘘を告発しながらも、狭い世界に逃げ込もうとしたのに対し、『GO』は異なった地平、視野を得て、日本の近未来を切り開き、およそ均一に見える社会を立体化する可能性を感じさせる。現実に囚われの身となっている大人たちは、本書をおとぎ話と言うかもしれないが、ここには志を持つ魂がある。

 不健康な環境で嫌な現実と伍すために、虚偽の発見を発表したり、見栄を張っているうちに自己分裂し、他者を痛めつける。そんな事件ばかりが相次ぐ今、魂のこもった活字が欲しい。

 最後になったが、リービ英雄の最新刊では、今や日本の作家となった彼が、「今度は日本からアメリカとは違った方向へ旅立つようになった。」と書いている。ますます興味深い日本考である。



GO 最後の国境への旅

『GO』
金城一紀 著 講談社 \1,400
(本体価格)

『最後の国境への旅』
リービ英雄 著 中央公論新社 \1,900
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第261号 2001年(平成13年)2月1日 掲載


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