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ヤングアダルト

偉大なうそつき いしいしんじ


増田 喜昭 子どもの本屋
「メリーゴーランド」店主

 いしいしんじは偉大なうそつきである。『アムステルダムの犬』(講談社)を読んだときからうすうす気づいてはいたんだけど、『ぶらんこ乗り』を読み終えてすっかりだまされている自分に気づいた。腹が立つというのではなく、気持ちよくだまされているのだ。

 もともと小説は虚構の世界で、うそばっかり書いてあるのだから、どんな小説を読んでもだまされているのだろうけれど、『ぶらんこ乗り』は普通は信じられないようなことを信じてしまうのだからどうしようもない。作者の「技あり」なのである。

 4歳の弟、これが天才少年なのだが、この少年の書いた文章を姉が紹介していくという運びなのだ。この天才少年の書いたお話がめちゃくちゃ面白い。

 まず最初の「ひねくれ男」という作品は、もう絶品。おまけにあまりうまくない絵までついていて、聞くところによると、この絵は作者のいしいしんじが本当に四歳のころに描いたものだというのだから驚く。

 「空中ぶらんこの原理」「おばけの涙」「半分の犬」「歌う郵便配達」「ユーカリ中毒」「犬の伝言板」…こうやってタイトルを並べただけで読んでみたくなる人は多いだろう。読み進むうちに、楽しい話が少しずつ悲しく、さみしくなっていく。「えっ、うそだろ」と何度も叫びそうになる。

 これから読む人のためにあまり内容のことは言えないけれど、いしいしんじは今までになかったタイプの作家であることは間違いない。

 若い人でも(こういう言い方は変かな?)このストーリーの展開を理解できない、うそのつき方に納得できない人がいるかもしれないが、それはそれで納得できた人や、ぼくのように大喜びした人と話してみるのも面白いかもしれない。

 本当に大切なのは、「真実かどうか」よりも、「どう感じるか」なのだ。答えを求めて読むよりも、読んでる途中を楽しむほうが肩の力が抜けてよいのだ。

 うそと知りつつ、その人の話にのめり込む。そんな体験が子どものころのぼくには何度もあった。それだから大人になって子どもたちとキャンプに行っても、夜のテントの中の怖い話は全部、ぼくがその場の思いつきでつくり上げた話である。それなのに子どもたちはそれから何年もの間、その話を覚えていて、キャンプに行くたびに話している。いつの間にかそのオバケに「いのち」が入って独り歩きしているのだ。

 いったい、ぼくのどこからそんなコワーイ話がやってくるのか、考えるだけで自分が恐ろしくなる。

 いしいしんじはきっと、その道の達人なのだろう。偉大なうそつきの書く物語はまだ始まったばかりだ。



ぶらんこ乗り

『ぶらんこ乗り』
いしいしんじ 作 理論社 \1,500
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第266号 2001年(平成13年)7月1日 掲載


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