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教育書

学力低下論争の根源に迫る


荒巻正六 学校問題研究家

 本紙3月号で、在米日本大使館参事官を務めている大森不二雄氏の『「ゆとり教育」亡国論』を紹介したが、最近また「学力低下亡国論」ともいうべき書が出た。京都大学経済研究所教授・西村和雄氏の編著になる『学力低下が国を滅ぼす』である。亡国論続きで恐縮であるが、それほどさように、日本教育の現状は、国家存亡の危機を招来していることを暗示しているというべきであろうか。

 一方、行政側は、数学、理科の共通問題で、小・中学生らの成績を比べる国際教育到達度評価学会(IEA)の調査を取りあげて、日本の子どもは両教科とも世界のトップクラスであり、学力は決して低下していないと反論している(2000年度版『教育白書』)。そのうえ新しい学力観の提唱もあって、そもそも「学力とは何か」という議論も多い。

 このように、現代日本では学力低下問題は論争というかたちの社会現象になっている。しかもこの論争の火つけ役が『分数ができない大学生』『小数ができない大学生』(ともに東洋経済新報社)の編著者の一人・西村和雄氏である。そこで今号では冒頭に挙げた氏の編著書によって「学力低下論争」の根源に迫りたい。

 本書は、西村氏をはじめ八人の大学教授と一人の財務省研究員によって執筆されているが、著者らが、学力低下の現状が国家存亡にかかわると危惧しているのは次の諸点である。要点のみ挙げるので、詳しくはぜひ読んでいただきたい。

・事実を見ない虚論が多い。例えば、「個性重視」とか、「生きる力」とかいうのはまったく無内容で、この無内容な言葉を操る論議で授業時間や授業内容を減らせば、真の学力が身につくなどとあり得ないことを言っている。

・生徒が机に向かって先生の話を聞くことを前提に学校というシステムが成立している。この前提を否定する人々には学校は無力である。多くの教育学者は、そういう人々にも教育を与えなければならないという。

・大学審議会の答申によって、大学院学生倍増計画を進めてきたが、専門的講義についていけない学生が増大しているのみである。数学のできない経済学部学生、生物学の基礎知識のない医学部学生などがそれである。

 なお、本書で特筆すべきはアメリカ教育省の報告書『危機に立つ国家』の序章が西村和雄氏ほか一名の訳で出ていることである。これは1981年、当時のアメリカのレーガン大統領が、アメリカ産業の生産性を高めるために真っ先に行った改革、「学力低下」対策の報告書であり、そのなかに出てくる改革の推奨事項は、そのまま今日の日本の教育危機を乗り越えるものとして参考になる。授業日数、学習時間、宿題量等の確保増大、低レベル教科書の是正、授業を乱す生徒への特別規制など、「産業、国家の繁栄の基礎は子どもたちの学力向上にある」とする。大いに参考にすべきである。



学力低下が国を滅ぼす

『学力低下が国を滅ぼす』
西村和雄 編著 日本経済新聞社 \1,500
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第267号 2001年(平成13年)9月1日 掲載


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