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教育・一般書

「心の教育」を考える一視点


荒巻正六 学校問題研究家

 神戸の小学生殺害事件を契機に、政府は「心の教育」ということを言い出した。「心の教育」はもともと社会全体の問題であって、学校だけで行える問題ではない。その観点から、ここに次の2書を紹介したい。

一つはカウンセリング・サイコロジストとして活躍している國分康孝氏の『範は陸幼にあり』という書で、『真の人間教育とは』という副題がついている。“陸幼”とは、陸軍幼年学校のことであるが、氏は終戦直前のたった5か月間の在学中に、人間教育の真髄はここにあるのではないかと深く感ずるものがあり、その後50年間の自分を支えているという。私がよく読む浜松医大の精神科医・大原健士郎氏も、陸幼の出身者であり、かつての同僚にも陸幼経験者がいたが、多くの生徒、父母、同僚から慕われる独特の雰囲気をかもし出していた。

 陸幼教育に何があったのかは、本書を読んでいただくしかないが、一つだけあげれば、生徒を指導する生徒監(集団の指導者)の行動姿勢のなかに、一点の私心もなく、毅然として役割行動に徹する温かい指導者の姿が見てとれ、このメンター(畏敬の念をもって、模倣の対象となる人)に出会えたことだといっている。そこには、行動を規定する思想があったし、心を育てる真髄を見たという。

 集団の指導者(教師だけではない)に、是非一読を勧めたい。

 この國分氏のいう役割行動の重要性を、生物学的に、心理学的に訴えたのが、林道義氏(深層心理学専攻、東京女子大学教授)の『父性の復権』である。氏は本書の冒頭で、「家族を統合し、理念を掲げ、文化を伝え、社会のルールを教えるという父親役割が今消えかけている。その結果、善悪の感覚のない人間、利己的な人間、無気力な人間、恥ずかしいという感覚すらない人間が育っている」と現代社会の無秩序ぶりを嘆いている。社会には秩序感覚、ルール感覚が絶対必要だが、それがどのように育つのかを、類人猿の子育ての研究をした山極寿一氏の『家族の起源』を引用しながら、動物にはそういう秩序感覚、ルール感覚を教える遺伝子があるに違いないとしている。これを父性(自分の欲望や感情をコントロールさせ秩序をつくる力=構成力=父親・男性ではない)と名づけ、動物である人間にも当然もともとあったはずだ。それが今なぜ消えたのか、これからどうやって復権させるかを、専攻の深層心理学的手法で解明していく。

 前記2書には、共通の問題意識と共通の解析基盤がある。

 この原稿は、神戸の小学生殺害事件に関して連日報道されている7月末に書いたものであるが、事件がどのように進もうと、「心の教育=人間教育」を考えるための両書の今日的意義は大きい。


範は陸幼にあり 父性の復権

「範は陸幼にあり」
國分康孝 著 講談社 \1,600
(本体価格)

「父性の復権」
林道義 著 中公新書 \699
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第222号 1997年(平成9年)10月1日 掲載


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