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社会科学・一般書

幸せそうな現代人に内在する不幸


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 周りを見渡してみると、およそ私たち現代人のテーマというのは、幸せそうに見える人たちの「内側」問題なのだと思う。逆に言えば、外見ほど幸せではない現代人の物語は遍在する。

 「良い子」の悪事、幸せそうな「家族」の不幸せ。それなりにうまく現代を生きてきたはずの「男」や「女」の内に存在する強烈な空しさ。「壊れやすく、もろく弱い人々は見かけではわからぬ心の問題を抱え込んでいるのだ」というメッセージでこの世はあふれている。

 ここにあるのは、女性による手記2冊。『アルコール・ラヴァー』の著者キャロライン・ナップは、名門大学を優秀な成績で卒業し、ジャーナリストとして活躍しているキャリア・ウーマンで、恋人もいる。彼女の父親は著名な精神分析医、母親は専業主婦として家を守り、典型的なインテリたちの住宅地に住む。

 以前から、キャロラインには大きな秘密があった。お酒なしには生きていけない暮らしをしているのだ。そのための嘘ならいくらでもついてしまうアルコール依存症。だが、いわゆる典型的な飲んだくれ、酔っ払いではない。知的な美しさをもった女性、きちんとした身だしなみ、人並み以上に仕事をこなし、ジャーナリストとしてもいくつかの賞の栄誉に恵まれ、オフィスもきれいに片づいている。もちろん、締め切りに遅れたことなどない。

 アルコール問題に対峙することなく飲み続けているのだが、一方で知的で有能で仕事で驚くべき業績を上げている人たちを「ハイファンクショニング・アルコール症者」という。社会で認められている人たちだけに、この種の依存症は手ごわい。本書では、キャロラインがどのように自分の問題にはっきりと気づき、自らを取り戻していったのか、1日1日を切り抜け、ある時代の終わりを実感するまでの回復の記録の物語を詳細に著している。

 『アルコール・ラヴァー』は秀逸な作品だ。それは手記、告白録という元来インパクトの強い形式の文章であるからというのではない。物書きとしての観察・洞察の目、自分をさらけ出す正直さとともに、客観性を備えている。ここには、プロのジャーナリストの強力な筆力がある。読んでおもしろくないはずがない。個人の体験がこれだけ素晴らしい作品になったのは、体験そのものの迫力だけではない。

 その点、マーサ・マニングの『幸せがこわれるとき』の鬱病日記は、正直いって物足りない。

 だが、両者とも同時に、現代の不幸の物語がまたとてつもない幸せに変わる、という可能性を強く記しているのだ。

アルコール・ラヴァー 幸せがこわれるとき

「アルコール・ラヴァー」
キャロライン・ナップ 著
小西敦子 訳
早川書房 \2,000
(本体価格)

「幸せがこわれるとき」
マーサ・マニング 著
吉田利子 訳
The Japan Times \1,748
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第222号 1997年(平成9年)10月1日 掲載


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