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自然科学・一般書

犬を通して、
老いと死を考える


塩野米松 作家

 うちでは、長いこと犬を飼っている。前のモックが15歳で死んだ。1週間後に、今のオランが来た。どちらもあまり利口とは言えない。

 これは飼い主が悪いからである。子どもたちは犬が小さい時、一緒に小屋に入って絵本を読んでやっていたのだから、犬が犬としての自覚を持つわけがない。結局甘ったれで、身勝手な犬に成長した。しかし、困ったことに、これはこれで可愛いとも思うのである。利口な犬を見るたびに家族でため息をついてうらやましがっているが、自分たちではかなわぬ話である。

 最近、犬や猫に関する本を多く見かけるが、おもしろかった2冊を紹介する。

 まずは『ベルナのしっぽ』。ベルナというのは、犬の名前。本を書いたのは、盲目のお母さん。大人になってから目が見えなくなった女性が、盲導犬に助けてもらいながら、赤ちゃんを産んで育てていく過程をつづったノンフィクションである。

 犬嫌いだった著者が、犬というのはどういうものかを知り、少しずつ誤解を解いていく一方で、社会の人に盲導犬はどういうものかを知ってもらい、一緒に歳を取っていく。

 多くの人が、「でも、最後は動物だから何をするか…」という不安を持っている。しかし、それは犬も同じなのであろう。犬にくらべて、感覚器官が数倍も弱い人間という動物に、危険や障害物のありかを教えているにもかかわらず、「なぜわからないんだろう」といぶかしく思っているに違いない。

 本書はアイメイトという人間の社会に組み込まれた犬と、ある家族の物語である。喜びや悲しみを共にした家族同様の犬にも、老化がやってくる。体が衰えた盲導犬の最期を看取るまでを書きつづっていく。犬好きでなくても引き込まれる1冊である。

 『極北の犬トヨン』は、シベリアを舞台にした猟犬トヨンと飼い主一家の物語である。

 トヨンとは、「偉い男」という意味。老猟師の死に立ち会ったグランという猟師が、トヨンと一人の少年を預かることに。幼かった犬は次第に狩りに慣れ、人間にも増した働きをする。ときには家族の窮地を救い、家族になくてはならぬ存在になるが、やはり老化が…。

 犬の寿命は十数年である。人間は、ほ乳類では一番の長寿動物である。人が一生犬を飼い続けようと思うなら、愛犬の老化と死に何度か立ち会わなければならない。

 家族同様の犬の老衰を人はどう考え、どう対処していくのか。これは家族の老化や死をどう考えるかということにつながる。

 犬との暮らしを通して生と死を考える、優れた2冊である。


ベルナのしっぽ 極北の犬トヨン

「ベルナのしっぽ」
郡司ななえ 著 イースト・プレス \1,214
(本体価格)

「極北の犬トヨン」
ニコライ・カラーシニコフ 作
アーサー・マクロヴィア 絵
高杉一郎 訳
徳間書店 \1,600
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第222号 1997年(平成9年)10月1日 掲載


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