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自然科学・一般書

“遠い自然”に挑んだ人たちの記録


塩野米松 作家

 『氷を歩いて2千キロ 北極の日本晴れ』は、北極海をたった一人で徒歩横断した日本人、大場満郎の記録である。

 地球を真上から見下ろすと、地球儀のように緯度や経度の線がひかれているわけではないが、天辺に氷の原がある。そこは陸地ではなく、海なのである。海の上に張った氷がロシア連邦からカナダ側まで張りつめる。その氷の上をそりを引きながら、北極点を通って渡ろうというのが大場の意志である。

 大場は、1953年山形県生まれ。今年44歳だから決して若者とは言えない。これまで3度の失敗で、足の指すべてと手の指の一部を切断している。今年4度目の挑戦で、6月23日、世界初の北極海単独徒歩横断をなし遂げた。

 たった一人で荷物を背負い、そりを引き、ただひたすら歩くのであるが、最初からすべての食料や機材を持っていくわけにはいかない。無線機は持っていない。一方的に位置を知らせる機械とSOSを知らせる発信機だけ。途中で何回か補給を仰ぐ。氷は平らではなく、途中には海が露出している。そのために、せっかく手に入れた荷物や食料を捨てねばならない。ぎりぎりいっぱいのところで、援助を仰ぐのだが、待つ飛行機はすぐには来ない。マイナス40度の世界で生き延びるには食料を体の中で燃焼することだ。それがなくなれば死。その焦りが、日記にそのまま書かれている。機械を疑い、支援者をののしる。

 海水と気温の差は40度。海に落ちれば温泉に入ったような暖かさを感じるのだが、一瞬後には死が。こんな世界をたった一人で歩く冒険家を支えているのは何か…。ありのままの気持ちを書き記した日記が本書である。彼は最後に、「後悔のない人生を送るためだけに」と書き記している。

 『ノーザンライツ』は、去年8月にカムチャツカで死んだ写真家・星野道夫の遺作。アラスカに渡り住んだ星野が出会った元パイロットのジニーとシリア、タクシードライバー、白人エスキモー、ベトナム帰還兵、動物学者…。彼らとの出会いやインタビュー、共にした旅を通して、目に見えぬ力に流されていくアラスカを描いている。

 星野は、アラスカに来て最後の自然に立ち会うのに「間に合った」と思い、この地を「遠い自然」と呼んだ。そこにあるということで人々の心を豊かにさせてくれる場所。そんな場所が地上から消えていくかもしれないことに対する憂いを含めて書き記したのがこの『ノーザンライツ』だが、未完のまま逝った。それでもここには圧倒的な感動がある。今世紀の遺産といえる作品である。


氷を歩いて2千キロ ノーザンライツ

「氷を歩いて2千キロ 北極の日本晴れ」
大場満郎 著 光文社 \1,400
(本体価格)

「ノーザンライツ」
星野道夫 著 新潮社 \1,800
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第224号 1997年(平成9年)12月1日 掲載


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