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教育・一般書

悪の深層心理と哲学的考察


荒巻正六 学校問題研究家

 青少年の凶悪犯罪が急増している。今年8月、警察庁がまとめた「今年上半期における少年非行の概要」によると、刑法犯で補導された少年の数は、過去5年間で最多であるという。その補導内容は、暴行・傷害・脅迫・恐喝などである。この発表と時を同じくして、文相は中教審へ「心の教育のあり方」を諮問した。

 考えてみると、心の教育を目標としていた戦前の「修身」は占領軍によって禁止されたが、戦後の心の荒廃は止めどなく、これをなんとかしようと、昭和33年には「道徳の時間」が特設されたし、同41年には「期待される人間像」が発表された。しかし、いっこうに効果がない。平成7年には、暴行・恐喝、その結果としての自殺を含むいじめに対して「いじめ対策緊急会議」が文部省内に設置された。その後発表された対策では「いじめは人間として絶対許されないとの強い認識に立つこと」が要請され、「いじめをめぐる全国学校の総点検」が行われた。しかし、事態は改善されないし、少年非行は前記のように急増しているし、想像もできない事件さえ起こった。関心・意欲・態度を重視する「新しい学力観」、「自己教育力」、そして最近の「生きる力」などの提唱は、いずれも結果として「心の教育」を目指すものといってよい。

 ところで、一般的に「非行は悪」だと考える。前記のような行政施策があまり効果をあげていないのは、この「悪」への対応の仕方にどこか誤りがあるのではないか。そこで今回は、その点を論じた次の二書を紹介したい。

 その一つは、臨床心理学、ユング心理学の第一人者で、現在国際日本文化研究センター所長・河合隼雄氏の『子どもと悪』である。氏の根本的な考え方は、「いじめは絶対許されない」とか、「いじめ実態総点検」といったスローガンにみられる、子どもたちの固有の世界を認識しない硬直した施策が、いっそう子どもをダメにし、学校を息苦しくさせているとしている。そして、盗み・暴力・攻撃性・いじめなど子どもを取り巻く悪や、悪とみられる個性の顕現について眼を開くことを説いている。ひと口に言って、焦らず、子どもをじっと見て、そこから具体的解決策を見いだすべきだと言う。

 もう一つは、哲学者・中村雄二郎氏の『悪の哲学ノート』である。本書は河合隼雄氏の所論にも多く引用されているが、氏は「善の研究」があっても「悪の研究」はほとんどない。善意だけで人間は生きられるのか、怪奇ものがなぜ流行るのかなど「悪の魅力と力」について多くの哲学書や文学作品から考察している。

 指導者は、このような着眼で悪に対処すべきだと考える。


子どもと悪 悪の哲学ノート

「子どもと悪」
河合隼雄 著 岩波書店 \1,200
(本体価格)

「悪の哲学ノート」
中村雄二郎 著 岩波書店 \2,913
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第224号 1997年(平成9年)12月1日 掲載


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