教育・一般書心の危機を救うものは何か荒巻正六 学校問題研究家 |
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「心の教育」ということがしきりに言われているが、「心」とは何か。それを解くのは容易なことではない。「心」を「こころ」と書くと、夏目漱石の小説を思い出す。漱石の研究家・江藤淳氏によると、漱石はその小説の表題を『心』『こヽろ』『こころ』と変えてきたし、漱石が『心』の単行本を装幀する時『康熙字典』の「心」の字解を用いたが、それはこの小説が荀子の性悪説との類縁性を強調しようとしたものだからであろう。そして漱石は松尾寛一宛の手紙のなかで「小学の六年で、よくあんなものをよみますね。あれは小供がよんでためになるものぢやありませんからおよしなさい」と忠告しているのはなぜか(江藤淳・『こころ』における光と闇−『講座夏目漱石』第三巻)。小説『心』は一例であるが、「心の教育」と簡単に言うが、「心」をどう捉えるか容易なものではない。まして「心」の「教育」となるとなおいっそうである。 そうしたなかで「心」と「教育」の関係を緻密に論じたものに、哲学者・評論家として知られる梅原猛氏の『心の危機を救え−日本の教育が教えないもの』がある。氏は心の葛藤を描いたドストエフスキーの小説や「人間というものは欲望の塊であって道徳的倫理で容易にコントロールできない存在である」と論じたカントの哲学を引用、さらに日本民族の原始から現代に至る精神構造の形成過程をつぶさに探り、そして本書著述の直接の動機となった地下鉄サリン事件を通して、なぜ日本人の心がこんな危険に直面するようになったのかを分析している。そのうえで副題にあるように「日本の教育が教えないもの」を鋭く指摘している。教育は何をすべきであり、何をしていけないかを明確に教えるべきものを、日本の教師はなぜ道徳懐疑主義者になったのか。宗教なくして道徳があるのか。山川草木皆成仏の思想があって命の大切さがわかるのではないかなど。ここでは全部紹介しきれない。ぜひ一読を勧めたい。 もう1冊は経済学者・飯田経夫氏の『日本の反省』である。本書は、日本が抱えている現在最大の問題、経済不況とそれからの脱出について論じた経済学書であるが、氏はバブル発生の真の原因は、豊かさのなかに見られた「規律」の崩壊即ち「心」の崩壊にあるとし、それは政・官・財そして教育に見られるとし、多くの具体例を挙げている。 教育についていえば、管理教育を悪玉にして、カッコいいことばかり言っている無責任な「言舌の徒」によって、教育における規律は完全に崩壊した。心を救い人間を救い、日本を救うのは「規律の再建」しかないとしている。注目すべき一書である。 |
『心の危機を救え−日本の教育が教えないもの』 | ||
梅原猛 著 | 光文社文庫 | \457 (本体価格) |
『日本の反省−「豊かさ」は終わったか』 | ||
飯田経夫 著 | PHP新書 | \660 (本体価格) |