自然科学・一般書ジャーナリストの観察眼から書かれた科学の本 塩野米松 作家 |
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ライオンは怖い猛獣であるはずなのだが、テレビの画面では怖いというよりはかわいい存在で、時には滑稽にさえ感じる。しかし、輸送途中のライオンが町に放たれたとなれば、その町に住むものは外に出ることもできない。知らずに散歩に出た人が、戸外でそのニュースを聞かされた時の恐怖は想像を超える。恐怖の真っ只中に居るのである。 環境ホルモンによる汚染が進行していると聞かされたり、新聞で読んでも実感がなかった。画面で見るライオンであったのだ。それが『メス化する自然』を読んだとたんに、ライオンが徘徊する町に残された散歩者の絶望を味わってしまった。 この本を書いたのは、科学者ではなく、テレビの科学番組のプロデュースをしてきた敏腕の女性サイエンス・ジャーナリストである。 優れたジャーナリストは、訓練された観察力であふれる情報のなかから危険の芽を見つけ出し、たくさんの事実を積み重ね、自らが描いた恐怖が本物であるかを実証していく。 その方法は、物語のなかの名探偵の切れ味を持ち、展開は最上質の推理小説といっても過言ではない。しかも導かれる結論は、恐怖のどん底である。 子どもの数が減っている、メスに性転換している魚の発見、生殖不能になったワニ、人間の男性の精子の数が激減しているという事実、新生児の生殖器異常の報告…なんら関係はないと思われる報告の裏側に存在したのは、恐怖の事実だった。極微量で生命活動の一端を担う女性ホルモンに似た物質が、環境に溢れ出しているらしいのだ。原因は? 日常そのものといっていいプラスチックや化学物質に疑いがかかっている。 後戻りできない、絶望的な事実が展開されていく。 『恐竜のおそろしい大きな口』は「恐竜の文化誌」というサブタイトルを持つ。この本は、恐竜の人気の背景にあるものは何かを問う、おもしろい切り口を持った文化論である。 アメリカ人気質に潜む強い恐竜願望、日本人がつくり出したゴジラとは…と展開しながら、絶滅と環境問題に進んでいく。 「生物の出現は環境の変化による」「人間は環境を自ら変えていった唯一の動物」というキーワードが予告する人間社会は、『メス化する自然』が持つテーマに共通する視点がある。 この2冊は、いずれもジャーナリストが書いた科学の本である。彼らは科学者が見落としがちな“生きる”というまったく基本的な視点から、科学のあり方や環境という、生物すべてが立つ生存の基盤を問うている。 |
『メス化する自然』 | ||
デボラ・キャドバリー 著 井口泰泉 監修・解説 古草秀子 訳 |
集英社 | \2,000 (本体価格) |
『恐竜のおそろしい大きな口』 | ||
内藤龍 著 | 河出書房新社 | \2,200 (本体価格) |