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ヤングアダルト

夏の少女の物語


渡辺正樹 文芸評論家

 僕にとって、「少女」というのは興味を引かれる不思議な存在である。これは、どうやら僕がかつて「少年」だったことはあるが、「少女」だったことがないための思いのようだ。

 だが、もちろん少女に関心を寄せているのは、僕と同じ男性に限ったことではない。そのことは、性別を問わず多くの作家が少女を題材とした小説を書いていることからも明らかだろう。

 今回紹介する江國香織の『すいかの匂い』も、そうした作品の一つだ。この本には、母の出産のために夏休みの間預けられた叔母の家から逃げ出した「私」を描いた表題作ほか、夏と少女を題材とした11の短編が収録されている。

 少女を描いたほかの多くの作品と『すいかの匂い』が一線を画しているのは、全編を通じて「夏」にこだわっている点だ。夏というのは、地方によって長短の差はあるが、子ども時代の特権である夏休みの季節であり、それゆえに日常としての学校生活とは異なる、非日常の日々として子どもにとって特別の意味を持つ。その夏を舞台とすることによって、この作品は少女たちの魅力をいっそう引き出すことに成功しているのである。

 だが、世の中には少女たちに性的対象としての関心を寄せる人々が存在する。その身近な例は、「援助交際」と呼ばれる、少女を対象とした買春やそれに類する行為に見ることが可能だろう。

 今ではすっかりメディアに取り上げられる頻度も低下した援助交際だが、当初は「売り手」側である少女たちの心理を巡ってさまざまな角度からアプローチがなされた。そのなかで援助交際を小説にするという試みをした、村上龍の『ラブ&ポップ』が文庫化されたので紹介したい。

 物語は、女子高生・吉井裕美の夏休みの1日を描いたものだ。1996年8月6日、友人4人と渋谷に出かけた裕美は、デパートで自分によく似合うインペリアル・トパーズの指輪を見つける。翌日になれば、この指輪に対する「驚きや感動を忘れてしまう」と思った裕美は、その日のうちの購入を決意。資金を得るために、初めて援助交際を行うことにする…。

 こうした少女の心理を、「わからない」と言ってしまうことは簡単だ。だが、われわれは他者の内面については想像することしかできないのである。今回紹介した2作品は、その想像の結果であるとともに、新たに読者にも少女についての想像を喚起させる良質の物語である。


すいかの匂い ラブ&ポップ

「すいかの匂い」
江國香織 著 新潮社 \1,300
(本体価格)

「ラブ&ポップ トパーズII」
村上 龍 著 幻冬舎文庫 \495
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第232号 1998年(平成10年)8月1日 掲載


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