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ヤングアダルト

「親子」の解体


渡辺正樹 文芸評論家

 最近、何かと中学生が話題になっているが、そうした言説のなかで、よく「家族」について語られているのを目にする。親の庇護の元で生活している中学生が大半である以上、これは当然と言えば当然のことだろう。

 そこで今回は家族、特に親と子の関係に注目して、西澤保彦の『仔羊たちの聖夜(イヴ)』と『スコッチ・ゲーム』を紹介したい。

 主人公は、2作ともに、酒を飲むのが大好きという大学生・匠千暁と高瀬千帆、そして彼らの先輩・辺見祐輔の3人。『仔羊たちの聖夜』は、彼らがクリスマスイヴに出くわした飛び降り自殺にまつわる物語だ。

 自殺現場で拾ったまま1年間祐輔が忘れていた、死亡した女性の遺品らしき「プレゼント」を遺族へ返す役を引き受けた千暁と千帆。だが、プレゼントの引き受け手を探す過程で、彼らは女性の自殺の動機が不明なこと、5年前のイヴにも同じ場所で、男子高校生が同様に動機不明の自殺をしていることを知る。

 死亡した2人の身辺に、子供の秘密を許さない、わが子を「独善的支配下」に置きたがる親の存在を知った千帆は、2人の自殺の原因が親子関係にあるのではないかと考える。自らも父親の「独善的支配」に苦しんでいる千帆は、彼らと自己を同一視し、真相を突き止めようとする。

 この作品では、千帆という「子」の立場から、とかくわが子の人格を無視して自分の支配下に置こうとしがちな「親」の姿が否定的に描かれている。

 一方、続編の『スコッチ・ゲーム』では、同様に親の「支配」に苦しんだ経験を持ち、今は自分が「親」の立場にある人物・菓(くるみ)刑事が登場する。

 彼は千帆の高校時代に、学校の女子寮で起きた連続殺人事件を担当した刑事である。物語は、未解決のその事件の回想と、同性の“恋人”を殺された千帆に代わり、千暁が犯人を推理するという2部構成。菓はそのどちらにも登場し、前作で否定された独善的な親、そして今はまだ「子」である千帆たち、それぞれと対になる人物として描かれる。彼の存在により、前作と併せて読むことで、作者の親子観が見えてくるのである。

 さて、作者の西澤保彦は、大学助手、高校教諭を経て作家として活躍中の人物だが、その作品の指向は、一貫して「固定観念」を疑い、それを解体することにあると僕は見ている。その特徴は、推理小説に超能力を持ち込んだ彼の著作群に端的に表れているのだが、今回紹介した2作品は、そんな作者が親子という「固定観念」の解体に挑戦した力作である。ぜひ一読を!


仔羊たちの聖夜 スコッチ・ゲーム

『仔羊たちの聖夜(イヴ)』
西澤保彦 著 角川書店 \1,000
(本体価格)

『スコッチ・ゲーム』
西澤保彦 著 角川書店 \920
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第234号 1998年(平成10年)10月1日 掲載


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