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一般書

作家のプロセスを垣間見る


あわやのぶこ 異文化ジャーナリスト

 なぜ人は本を読むのか。本があるから?

 時々、本の向こうにいる作者を知りたいからなのではないか、と思ったりする。本を読むと、絵を見ると、映画を観ると、およそ、その表現者を知りたくなってしまう。だから、写真で画家のアトリエを覗いたり、書いている作家の姿を少しだけ知ると、驚いたり、納得したり、うれしくなったりするのではないか。

『THE WRITER'S DESK』 の元本である『ザ・ライターズ・イメージ』という写真集を初めてアメリカで手にしたのはずいぶん昔のことだった。ジョン・アップダイクをはじめ、憧れのアメリカ作家たちがずらり登場。彼らの仕事場や日常の場面が写っていた。しかも写真家はジル・クレメンツ。カート・ボネガットの妻である。どうりでなかなか写真に登場しない大作家連中がキラ星のごとく勢揃いするわけだ。ある人はベッドの中、ある人はゴルフ姿、ボネガットにいたっては哺乳ビン片手の子育て姿…。そうか、こういう場所から作品が出てくるのかと穴のあくほど見入ったものだ。結果ではなくプロセスを垣間見ているという興奮である。

 それゆえ『作家のインデックス』には思わず小躍りした。日本でも今まで、作家の仕事場を撮った写真はあったが、いかにも権威の作家先生を撮りました――式の写真で、このような一歩踏み込んだ作家の日常的な表情や仕事場の細かい描写は望めなかった。

 大倉舜二は「初めてのお宅に土足で踏み込むがごとくに、無遠慮に家中をジロジロと見まわし、いきなりカメラを向ける蛮勇と傲慢さがないと」できないシロモノだった、とそのあとがきで懴悔している。彼のような名だたる写真家をして神経的消耗と自己嫌悪で疲れさせたらしい。が、大倉らしい品のよさは健在。しかもほかにない愉快な作品集になっている。クレメンツに流れる一定した静かなトーンとは異なり、撮られる時の作家たちの各々の反応や表情が妙に表れていておもしろい。

 それにしても、撮影は大変だったに違いない…。ちなみに『THE WRITER'S DESK』の裏表紙にあるドロシー・ウエストの短い紹介文が明確に説明してくれる。

 ――7歳の私はきいた。「お母さん、私の部屋のドアを閉めていいでしょ」「いいけど、どうして?」私は答えた。「考えたいことがあるの」

 11歳の時きいた。「部屋に鍵をかけていい?」「いいけど、どうして?」と母がきく。私は答えた。「書きたいことがあるの」(拙訳)

 作家は、撮影する姿をさらしている写真家とはその成り立ちにおいて対照的なのだ。


THE WRITER'S DESK 作家のインデックス

『THE WRITER'S DESK』
JILL KREMENTZ RANDOM HOUSE  

『作家のインデックス』
写真 大倉舜二 集英社 \4,700
(本体価格)

株式会社 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育研究所発刊
月刊/進研ニュース[中学版] 第239号 1999年(平成11年)3月1日 掲載


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